高校時代、こんな本を読んできた/麻布競馬場

高校生直木賞

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高校時代、こんな本を読んできた/麻布競馬場

文: 麻布競馬場

第12回高校生直木賞候補者競作エッセイ

第12回高校生直木賞候補作
麻布競馬場『令和元年の人生ゲーム』(文藝春秋)

いつか本を読まなくなる君へ

 恐ろしいことに、僕は高校生のときに読んだ本をほとんど覚えていません。理由はシンプルで、高校に入ってからというもの、ほとんど本を読まなくなったからです。

 中学校のはじめくらいまでは、それなりに真面目な読書家でした。まず青い鳥文庫から入って、そこからドラマ化や映画化で話題のエンタメ小説を読むようになって、ちゃんと太宰治にもハマって……といった具合に。

 しかし、部活やバンド、友達と行くマックやサイゼなど、読書のほかに楽しいことが見つかるたび、本を読む時間は減っていったのです。

 そのまま高校生活も終盤に差し掛かり、受験勉強が本格化してきたタイミングで、僕はついに本を一切読まなくなりました。本なんか読んでいる暇があったら、志望校の過去問を解くほうが有益だからです。

 そうして、僕は晴れて慶應義塾大学に進学し、引き続き本を読みませんでした。本なんか読んでいる暇があったら、ベンチャー企業でインターンをやるほうが有益だからです。

 もちろん、会社員になったあとも本を読みませんでした。本なんか読んでいる暇があったら、残業や休日出勤をして圧倒的に成長するほうが有益だからです。

 予言します。僕の来歴を笑う皆さんの、そうですね、9割くらいは僕みたいになると思います。むしろ、そうなった方が人生の幸福度は高いかもしれません。それなりの学歴に、それなりの年収。35年ローンでどうにか買った豊洲のタワマンで、ふるさと納税で頼んだ黒毛和牛やタラバガニを家族と囲むのです。どうです、本なんか読まなくても、人間はそれなりにやっていけるでしょう?

 でも、たまに虚しくなるのです。サークルの飲み会で作り笑いをしてしまったとき。会社の帰りの満員電車に揺られているとき。家族と眠るベッドで独りだけ目が覚めてしまったとき。そんなとき、なぜだか急に、どうしようもなく本が読みたくなるのです。

 安心してください、いつか本を読まなくなる君たちのことを、本はずっと待っていてくれますから。

(初出:「オール讀物」2025年7・8月号


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