店を並べたにぎやかなひとすじは浜ぞいの広い通りと平行していて,あいだにもかなり大きなもうひとすじと,きれぎれに行きどまりになるいくすじかがあった.そしてそれらと交わりながら浜へぬけていく道は小きざみにたくさんあったから,どこからどう曲がって浜のどのあたりに出るかにはさまざまの組みあわせがあり,それぞれにはそれぞれの情緒がまつわった.
浜へ出ようとおもうようなときはもともといそいでいるわけではないので,波おとの高いおわりのすじまで来ながらわざとじらすように長いこと曲がらなかったり,おくのすじへぎゃくもどりしてみたりしてじゃれた.やったことのない行きかたで海へ出るというのは晴れた日のときめきのなかばをなしていた.そのときどきの気にいりの行きかたというのもあって,またその行きかたをしようというのが晴れた日のときめきのあとの半ぶんだった.ひたすら一人に淫していた小児期が,そんなふうにしてゆるやかに過ぎていった.
勁く速くなった脚が私を遠い川ぐちのほうまでつれていくようになったのは,月白(つきしろ)への恋がはじまる年の晩夏のことだった.そのあたりの地形はしじゅううごいていて,それには潮の満(み)ち干(ひ)や降雨による一定の型があるのかもしれなかったが,だんだん海へ向かうことが間遠になりだしてもいたし,歩くことがしけんの暗記のためだったりじぶんでもわけのわからないなにかを風に吹きちぎらせたかったりになりだしてもいて地形を観察するほうへは気がとどかず,まえに来たときのこまかなぐあいはおもいだせないままに,ただどことなく見なれない,はぐれたような気ぶんだけがくりかえされるのだった.そのために,川ぐちにはいつも憂いが翳っていた.
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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