
文藝春秋写真資料部が所蔵する写真を世相とともに紹介する「文春写真館」。6月には開始より8年を迎え、ロングラン連載となりました。これまでに公開した365点より、いまだ記憶に新しい没後10年を迎える人物を再掲いたします。本日は吉村昭さん。
昭和四十八年(一九七三年)、『戦艦武蔵』『関東大震災』などで菊池寛賞、五十四年、『ふぉん・しいほるとの娘』で吉川英治文学賞、六十年『破獄』で芸術選奨文部大臣賞。また、明治以降の津波災害の一部始終を描き、昨年の「東日本大震災」による被害を予言したかのような『海の壁・三陸沿岸大津波』(四十五年)。その作風は戦記文学であれ歴史小説であれ、とことん史実にこだわり、ドキュメントと呼べるほど綿密な調査に基く作品を描いた。史実を探り、生存者の証言を取材するために歩き回った。
そうして全国を訪れる際、旅先で郷土色豊かな凧を物色するようになった。
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凧は、少年時代の思い出につながっている。昭和二年、東京・日暮里の製綿工場の息子として生まれ、すぐ近くの(旧制)開成中学に通った、生粋の下町っ子である。近所の空き地で凧上げに熱中した。
昭和十七年、「ドーリットルの東京初空襲があった日にも六角凧をあげていて、凧すれすれに飛ぶアメリカの中型爆撃機も見た」(「別册文藝春秋」昭和四十八年九月号)。やがて下町の空には、アメリカの戦闘機が少年たちの凧を駆逐し飛び交うようになる。
どんなジャンルでも「生と死」をテーマに描き続けた吉村昭にとって、空を舞う凧は単なる玩具ではなく、人々の特別な思いを感じさせるものだったのだろうか。
癌による闘病のすえ、二〇〇六年七月三十一日没。
2012年9月24日公開
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