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第10番

第10番

黒田 夏子 (作家)

登場人物紹介

 月白(つきしろ)がつけた傷は月白(つきしろ)によってしかいやされないのでつもるばかりのものを,歩きまぎらそうとするむだみちの一つに栗の木がかたまって生えているところがあった.小おかがはじまろうとして道から高まり,あおぐと枝と枝とをかさねあわせた木木がどれも南へ伸びようとしてすこしかたむき,不均衡な繁りかたをしていた.たけのわりに幹はほそくて,実の季節に小児たちがとてもゆすりがいのありそうにゆすっているのを見た.実がおわってしばらくしてからあきれる量の葉が落ちた.道に舞ってきたぶんはいつのまにか踏みちらされ吹きちらされるが,かこいの杭のうちでは乾いてくさらないまま,厚く根もとをうめて冬を越した.繁りしずまっているのよりも落としつくすおびただしさになぐさむようで,その季節にはことさらこのんで行った.

 ときにあることだが,なんにんかの用事や病気がかさなって,日が短いにもかかわらず暮れきらないうちにけいこ場を出た.踊りたりなさながめたりなさに歩いていって,からみあう遠い小えだごしに寒い夕照りの消えのこるのを見た.そして,はずれのほうに一ぽんだけ,葉をつけたままの木を見つけた.散り敷いているのとおなじに枯れ色ではあったが,まだゆたかに被われてそこだけ温かそうな,ほかの木木のどの枝がどの木のとも見わけにくい黒いこまかなひわれもようを背景に,やはり南へ伸びようとしてすこしかたむいた不均衡なすがたを,見ほんのようにたもっていた.ひときわきゃしゃな幹でたけも目だって小さかった.若木なのだと気づいて,その耐えを,つらい夕占(ゆううら)のように見さだめて帰った.

 べつのとき,日は長くて,とくに早くおわったというのでもなかったがまだ暗くなかった.半にち月白(つきしろ)のそばに仕えていたものの,踊ったりながめたりすることは踊ったりながめたりすることにすぎなくて,やりばのなさに歩いていくと,ほの白くけむった淡い緑が梢ごとに小さく芽ぶきだしたばかりの栗の並びのはしに,一ぽんだけすでにのびのびと葉を展げはじめているのが目についた.ひときわきゃしゃな幹の,たけも小さな一ぽんだった.若木なのだと,そのいきおいをそのはやりを,夕占と見さだめて帰った.

感受体のおどり
黒田夏子・著

定価:1,850円+税 発売日:2013年12月14日

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