仕事柄、我が家は料理本が多い。
料理本を買ってきてまずやることは、パラパラとページをめくり、写真を眺め、「むむっ」と感じた料理に、丸をつけることだ。
次に各レシピを熟読し、食欲と相談しながら、さらに絞り込んでいく。
こうすると作りたい料理は、大抵半分ほどになる。だが、行正り香さんの料理本を手にした時は、困った。
丸が多すぎる。どの料理も作りたくて、一向に削れない。
先ほど仕事柄と書いたが、私の職業は「タベアルキスト」。日々外で食事を食べていれば生活できる、という夢のような仕事だ(勝手に目指しているだけで、現実は甘くない)。
料理や料理人の考えや外食産業の動向を、ラジオで話し、書き綴るという、フード・ジャーナリストである。
食べ歩くだけではなく、自ら料理を作らないと、本質には近づけないと考え、料理も作る。最近では、雑誌で素人料理を披露する機会も、増えた。
行正さんの料理は、大半が簡単である。特別な材料も、技術もいらない。
しかも合理的な考えに貫かれた手早さで、瞬く間にできあがる。
それでいてどの料理も、食べた家族や友人たちが、思わず「ほわ~」とした顔になる、優しいおいしさに満ちている。
これはどうしたことか? 以前より抱いていたナゾが、『やさしさグルグル』を読み進むうち、少しずつ解けてきた。
かつて電通のCMプロデューサーとして活躍し、現在は2人の娘さんを育てながら、自ら立ち上げたウェブサイトの運営と、料理本の出版をこなすという行正さん。
この本は、彼女が折に触れ綴ったエッセイ集である。
アメリカ留学や仕事で培った知恵と、多忙な日常から編み出した合理的で優しい思考には、ポジティブに人生を過す秘訣がたっぷりと詰まっている。しかもレシピまでついているのだ。
本には、ご家族や知人等、彼女を取り囲む人々や動物への、温かい視線と鮮やかな想いが、丹念に描かれている。
マイルス・デイビスとピッツァ
心の大きなお母さんのユーモラスな言動に、腹を抱え、妹さんのたくましさに心が温み、娘さんたちの純真に、目を細める。
ホストファミリーの暖かさに、深々とうなずき、九州女で働き者のおばあちゃんの達観に、感心する。
厳しかった上司の言葉に共感し、金木犀をくれた同級生の話に、目が潤む。
多くの逸話に、感情を揺らめかせながら、登場人物たちが彼女へかけた、愛情の深さを思い知る。
さらに思うのは、彼女が、周囲の人たちの心根に気づく能力に長けていることだ。丁寧に受けとめる能力といっても良い。
それは身近なものだけでなく、宮崎駿やマイルス・デイビス、カズオ・イシグロなど、映画や音楽、本や家具からも、受け取っていく。
恐らく、最初から長けていたのではないだろう。
普段見過ごしがちな当たり前の事象を、注意深く観察し、感謝する。
こうした毎日の生活を大切にしていく姿勢を、心に刻み続けていたからこそ、能力が育まれたに違いない。
日々の楽しい記述の中に垣間見る、小さな葛藤が、それをうかがわせる。
さらに行正さんは、敬意を抱きながら、深い思いやりで、それぞれの人や物にお返ししていく。
こういう人の作るレシピが、人の顔を緩めてしまうのは、自然なのだ。
ご本人も書かれているではないか。
「料理は人柄」であり、「喜んでもらいたいと食べ手に思いやりを持ち続けることができるかどうかは、その人の人柄なのです」と。
料理や、味わうことは、細やかな視線がなによりも大切である。
きっと行正さんは、人への気づき同様、ありふれた食材にも敬意を払い、良さを理解し、料理していくのだろう。
発表されたレシピはまた、それを買って読んで、作る人への思いやりも含まれている。それゆえ合理的に簡潔にし、それでいておいしい。
初めて料理を作る人が、料理の喜びを覚えるためのレシピだ。
行正さん。今日は、この本に載っていた「ピッツァマルゲリータ」を作っています。
ボクは、書かれていた「男は気分がノッタ時しか料理しない」の典型ですが、家族の「ほわ~」とする顔を想像しながら、生地をこねています。
もちろんバックには、マイルス・デイビスの「Workin'」をかけてね。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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