「音吐朗々の芸」といわれ、講談師として一世を風靡した五代目宝井馬琴は明治三十六年(一九〇三年)、愛知県に生まれる。本名大岩喜三郎。小学校の先生が講談好きだったため、講談師を志す。大正十四年(一九二五年)、四代目宝井馬琴に入門。昭和五年(一九三〇年)、琴鶴の名前で異例の速さで真打に昇進する。昭和八年、五代目馬琴を襲名。声が大きく、軍談、武家ものを得意として、「寛永三馬術」「加賀騒動」などをよく演じた。
「サザエさん」の作者、長谷川町子が、戦後疎開先の福岡から上京し文京区千駄木に住んでいたが、世田谷区桜新町に引越し、跡地を倉庫としていた。易に凝っていた馬琴は、方位が良いからといって、長谷川町子に頼み込んでここを敷地ともども譲り受け、自宅を建てた。これが総ヒノキ造りで芝生の庭もある壮大な邸宅で、「バッキンガム宮殿」をもじって「馬琴ガム宮殿」と呼ばれた。
「講釈師見てきたようなウソをつき」といわれたものだが、真相不明のはなしをひとつ。昭和四十六年、昭和天皇の古希祝いのため行われた皇居での一世一代の御前公演で、馬に関心の深い陛下のために、「寛永三馬術」の中から「曲垣(まがき)平九郎 愛宕山出世の春駒」を演じたときのこと。平九郎が、愛宕山の険しい石段を騎馬で登り降りする時、あやうく落ちそうになる場面で、陛下が思わず「あぶない」と両手を差し出した、と馬琴は愉快そうに語っていたという。昭和四十七年、紫綬褒章を受章。昭和六十年没。写真は昭和十四年十二月、日本放送協会のラジオに出演した時に撮影されたもの。
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