文春写真館

テレビの名司会者大橋巨泉のセミ・リタイア人生

文・写真: 「文藝春秋」写真資料部

テレビの名司会者大橋巨泉のセミ・リタイア人生

 本名大橋克巳。昭和九年(一九三四年)東京生まれ。早稲田大学中退後、放送作家を経て、ジャズ評論家としてコンサートの司会などをつとめた。昭和四十一年、「11PM」の司会者になる。深夜番組という枠を活かしてお色気と麻雀や競馬といったギャンブル、さらに釣り、ゴルフなどレジャー指南の要素を取り入れ、大人の支持を得た。

 昭和四十四年、一時間半もの長時間を全編コントで構成した「巨泉×前武 ゲバゲバ90分!」の司会を前田武彦とこなし、爆発的な人気をえる。さらに「クイズダービー」「世界まるごとHOWマッチ」などテレビのバラエティー番組の新しい形を提供した。また、万年筆のCMで「ハッパフミフミ」が流行語となるなど、テレビで圧倒的な存在感をみせつけた。

 平成二年(一九九〇年)、五十六歳のとき、「セミ・リタイア」を宣言。テレビ界を去って、春と秋は日本、夏はカナダ、冬はオーストラリアとニュージーランドに移り住む。当時、このライフスタイルが話題を呼んだが、その十年後、優雅なセミ・リタイア生活を綴った「巨泉 人生の選択」を上梓、ベストセラーとなる。十年という時の流れの中で、世間の受け止め方の劇的な変化をこう述懐している。

「もう天と地ほど違う。僕は『日本の政府は信用できない。自分の老後は自分で見る』と決別宣言してリタイアしたんだけど、当時は変わり者にしか見られなかった。だから、この十年でこんなに日本人の意識が変わったことに一番驚いたね」

「土地の値段は下がる、株は下がる、リストラも始まって終身雇用制ももう幻想だと。そうすると、人々はバカじゃないから、この行き方ではダメなんじゃないかって意識が変わっているんです。変わんなかったのは政治家だけ」(「週刊文春」平成十二年六月二十二日号)

 写真はこのとき撮影。

 平成十三年、優雅なセミ・リタイア生活から一転、民主党から参議院選挙の比例代表候補として出馬。小泉旋風が吹き自民党が圧勝する中、民主党内一位で当選する。しかし、鳩山由紀夫代表率いる党執行部との意見対立が鮮明となり、六ヶ月で辞任する。

 晩年は、平成十七年に胃がん手術を受けたのをはじめ、三度のがん手術と四回の放射線治療を受けるなど、がん闘病を続けた。

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