2007年刊行の拙著『ニューヨークのとけない魔法』の編集者は、「アメリカに一度も行ったことがないし、正直、あんまり好きな国でもない」という。それだけに、彼女がこの本を手に取ったときに送ってくれた感想が、今も忘れられない。「人間ってこんなふうに生きられるのだなあ。どこかに何か大切な忘れ物をしてきたのに、その場所がどこなのか、忘れ物が何なのかわからないような焦燥感や、ずっと忘れていた十代の頃特有の胸苦しい甘酸っぱい感情が、読んでいるうちに胸をひたす」。
彼女が書いてくれたその本の帯の文句は、私が描いたニューヨークの人々を見事に語っている。「世界一お節介で、図々しくて、孤独な人たち。でも、泣きたくなるほど、温かい。」 新刊『ニューヨークの魔法のじかん』は、『ニューヨークのとけない魔法』をはじめとするエッセイ集「ニューヨークの魔法」シリーズの第5弾だ。誰も想像すらしなかったが、じわじわ口コミで広がり、お蔭様で27万部近いロングセラーとなった。
私が長年、ニューヨークに暮らし、地下鉄やエレベーターで、あるいは道端やカフェで、偶然出会った人々とのちょっとした触れ合いを描いている。どの話も数ページと短く、粋でちょっとした英語のひと言が入った読み切りエッセイだ。
ニューヨークは孤独な大都会のはずだ。マナーがなく、横柄な人も多い。私は負の部分も十分理解しているつもりだ。だが、それを補って余りある魅力が、この街にはある。最大の魅力は、他人同士の垣根が低いことだ。見知らぬ人からちょっとした声をかけられ、笑顔を向けられ、こちらもいつしか笑顔になっている。
東京のような大都会に暮らし、ときにさみしい思いをしている人もいるだろう。日常からちょっと離れて、この本を読んでみてほしい。そうしたら、日常がまた違った風景に見えてくるに違いない。
新刊はなぜか、登場人物のほとんどが男性だ。野球あり、チェスあり、男たちの本音トークあり。私は筋金入りの野球音痴である。「デレク・ジーターって誰?」と聞いてアメリカ人の友人に驚かれた。その二日後、ニューヨーク・ヤンキースのクラブハウスで当のジーター主将と対面。彼と交わしたおかしな会話や、松井秀喜氏の引退式の記者会見で私が真っ先に手を挙げた話、私がFBIと疑われた事件など、編集者曰く、“シリーズ最強の珍行動”も満載だ。
第4弾までは、ほとんどの話がニューヨークを舞台としている。が、新刊は違う。昨年夏、私はひとりのボランティアとして、東日本大震災の被災地を訪れた。そのことを書くつもりはなかった。書いてはいけないような気がしていた。が、現地でボランティアのアメリカ人男性と出会い、彼に背中を押された。海を越えて今もやってくる彼ら、そして東北の人たちの思いに心を打たれた。書きたい、と思った。
あの大震災の日、私はニューヨークにいた。見知らぬニューヨークの人たちが、日本人と知ると私を抱きしめ、日本のために祈ってくれた。ニューヨークの人たちの想いを胸に東北へ向かった。だから、この本の最終章は、「東北と出会う」。
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