- 2012.10.25
- 書評
アメリカの政治を左右する
名言、失言、流行語が満載
文:町山 智浩 (映画評論家・コラムニスト)
『教科書に載ってないUSA語録』 (町山智浩 著)
ジャンル :
#ノンジャンル
バーサー(Birther)という英単語をご存じでしょうか?
英和辞典を引いても載っていないと思います。これは「オバマ大統領に出生証明書(バース・サーティフィケート)の公表を要求する人」という意味です。アメリカの憲法は、アメリカの領土内で生まれた人しか大統領にはなれないとしています。「彼がハワイ生まれというのは嘘で、本当は父の故郷、アフリカはケニアで生まれたのだ。だから大統領の資格はない!」と主張し、デモをしたりする人たちは、バーサーズと呼ばれました。
オバマはすぐに出生証明書を公表しましたが、バーサーズは「それはニセモノだ」と言い続けています。バーサーズは共和党支持者の半数近く存在します。
このような、辞書にも教科書にも載ってない英語を集めたのが本書です。
「週刊文春」に連載中のコラム「言霊USA」146本の原稿に加筆したうえで一言コメントもつけました。英会話の本のようですが、実際は、うっかり日常で使うと銃で撃たれちゃうようなヒドい言葉も載っています。
私は、1998年に渡米し、妻子と共に今はカリフォルニア州バークレーに住んでいます。この間、アメリカは激動の時代を経験しました。9・11テロ、イラク戦争、サブプライムローン問題、リーマンショック……。そのなかで私が、日常生活やテレビやラジオで耳にした新しい言葉、流行り言葉、印象深い言葉、バカげた言葉がこの本に集められています。
たとえば「フレネミー」。フレンド(友達)とエネミー(敵)の合成語で、自分を傷つけ、コンプレックスや嫉妬を煽る友達のこと。これは女同士の関係に多いですね。「ラルズ」はネット用語。メールや掲示板ではLaugh out loud(爆笑)を略してlol と書きますが、それをそのまま読んで複数形にしたのが「ラルズ」です。
この本で最も多いのは、政治に関する言葉です。それは政治が言葉の戦いだからです。
アメリカでは、まずキャッチフレーズやスローガンや演説が国を動かします。オバマは「チェンジ(変革)」や「ホープ(希望)」というスローガンで人気を集めました。大統領になるとすぐに医療保険改革に取り組みました。アメリカには国民健康保険がないため、貧しい人々は治療を受けられないまま死んでいく事態が続いていたからです。
オバマが提出した法案は「オバマケア」と呼ばれました。「貧乏人の医療保険に税金を使うな!」と主張する人々は「ティー・パーティ」という運動を起こしました。
また、2008年のサブプライムローン暴走を引き起こした犯人である金融業界が裁かれないばかりか、政府による公的資金の注入を受けたことに怒った貧しい人々は、金融の中心地ウォール街に座り込み「ウォール街を占拠せよ」運動を起こしました。彼らは「1%に課税しろ!」と訴えました。
「ブッシュ減税(富裕層への減税)」によって、上位わずか1%の億万長者たちがアメリカ全体の富の4割近くを独占する事態になっているからです。
オバマ大統領は就任以来、このブッシュ減税を撤廃し、富裕層の税率を上げようとしてきましたが、議会で共和党に阻止されてきました。今年の大統領選挙でオバマに挑む共和党のミット・ロムニーは富裕層の税率をさらに下げると公約しています。これに対してオバマは「ロビン・フッドは金持ちの金を奪って貧しい人々に配ったが、ロムニーは逆だ。ロムニー・逆フッドだ」と言いました。怒ったロムニーは「それはオバマロニーだ!」と言い返しました。「オバマ」と「バロニー」の合成語で、「バロニー」とはボローニャ・ソーセージのことですが「何の肉が使われているかわからない」という理由で「インチキくさい」という意味もあります。
共和党大会で、ロムニー候補の応援演説にクリント・イーストウッドが登場した時も、新語が生まれました。壇上にあがったイーストウッドが、傍らに置いた椅子に向かって話しかけたときのことです。
「ここにオバマ大統領が座っている」
え? 誰も座ってないよ。
「大統領、あんたはまだ自家用ジェットで遊説してるのか? エコな男じゃなかったのか?」
イーストウッドは、椅子にオバマが座っていると見立てて独り芝居を始めましたが、82歳の彼がやると、非常にその、「ヤバい」感じに見えました。
「うちのお爺ちゃんが、お婆ちゃんが死んだことを忘れて隣の席に話しかけてるのとそっくりだ!」と話題になり、「Eastwooding( イーストウッドする)」という言葉が生まれました。そこにいない人に向かってぶつぶつグチることです。昔だったら「イーストウッドする」はマグナムで撃つことだったのに……。
そんなヘンテコな言葉の数々を通して、アメリカのヘンテコな現在が見えてくる本になっていればうれしいです。