書評

おりんと熙姫、和歌で結ばれた2人の絆

文: 篠 綾子 (作家)

『墨染の桜 更紗屋おりん雛形帖』 (篠綾子 著)

再会まで決して泣かぬ

 ところで、この頃、江戸では4代将軍家綱の跡継ぎをめぐり、2人の候補者が名を連ねていました。

 1人は5代将軍となる綱吉で、もう1人は清閑寺家の血を引く有栖川宮――。有栖川宮が将軍となれなかったことで、清閑寺家は追い詰められ、その結果として、清閑寺家を後ろ盾にしていた更紗屋の商いも傾いてゆく。

 熙姫とおりんの幸せな少女時代は、綱吉が5代将軍となることで、終わりを告げました。

 江戸へ出たおりんと、京に残った熙姫――。

 いつか再会することを信じ、その日まで決して泣かないことを、2人は誓い合います。

 江戸で、それまでとは打って変わったような長屋暮らしを送り、人の裏切りや世間の冷たさを味わいながら、同時に人の温かさや優しさにも助けられて生きるおりんにとって、熙姫との再会は常に心の支えでした。

 この熙姫は実在の人物で、後に5代将軍綱吉の側室となって、大典侍(おおすけ)と呼ばれる女性です。

 綱吉といえば、生母桂昌院や側室お伝の方、大奥総取締の右衛門佐(えもんのすけ)などが有名ですが、私はこの大典侍に心が惹かれます。

 綱吉が幼い跡継ぎを亡くした後、男子に恵まれなかった話もよく知られるところですが、大典侍も綱吉の子を産むことはありませんでした。しかし、彼女は自分の姪、竹姫を綱吉の養女とし、育てているのです。後に8代将軍吉宗の養女となって、薩摩藩の島津家に嫁ぐ竹姫の波乱万丈の人生も大変興味深いのですが、それはさておき――。

 大典侍すなわち熙姫は、将軍の寵愛をめぐり陰謀や愛憎が渦巻く大奥にあって、ひたむきに幸せを求めた女性ではないかと、私は思うのです。

 そんな彼女を、心の友として支えた呉服屋の娘がいたと想像するのは、素敵なことではないでしょうか。

 物語は熙姫が大奥へ入るところで終わりますが、迷い悩みながら、そこに至るまでのおりんの道程を、彼女と共にたどっていただければと思います。そして、その後のおりんの姿に思いを馳せていただけたら、これに勝る喜びはありません。

墨染の桜
篠綾子・著

定価:本体600円+税 発売日:2014年07月10日

詳しい内容はこちら