もし、あなたの大切な人が、急性白血病になってしまったら。
ないない、そんなドラマみたいなこと、とお考えのあなた。「万が一」はある日突然、何の前ぶれもなく現実のものとなるのです。
患者は通常、ただちに入院となります。もちろんあなたはすぐにもお見舞いに駆けつけたいことでしょう。けれど面会にあたっては、重要な注意点があります。患者は正常な白血球が減少し、非常に感染しやすく、重症化もしやすい状態となっています。健常な方にはなんてことのない、ごく日常的な細菌やウィルスが、患者にとっては命取りとなってしまうのです。最悪、あなたが持ち込んだ菌が原因で、患者は命を落としかねないのです。従って、ごく細心の注意が必要となります。
まずペットを飼っている方。衣服に付着している動物の毛を、丁寧にブラシで落としておきましょう。そして途中の道が道路工事をしている場合、剥き出しの土を踏むことは避けて下さい。見舞客の靴底に着いた土壌細菌が原因で、院内感染が起きた事例があるそうです。たとえ工事がなくても、念のため、病院の正面玄関のマットで靴についた泥や埃を丁寧に落として下さい。
ご当人が熱っぽかったり、咳や鼻水がある場合は、そもそも面会が禁止です。小学生以下の子供も、面会は禁止です。小さなお子さんは菌やウィルスのデパートです。混合病棟だったりすると、時々、掟破りの面会客が子供を病棟で走り回らせたりしていますが、もし見かけたら遠慮なく叱りとばしてやって下さい……保護者の方を。これはマナー云々ではなく、生死の問題なのだから、と。
お見舞いの品についてですが、これも注意が必要です。ぬいぐるみ類は埃がつきやすく、雑菌の温床となりやすいため禁止です。花についても同様。飾り物や置物なども、埃のことを考えるとあまり望ましくはありません。また、食べ物については基本、持ち込み禁止となっている場合が多いです。特に生ものは絶対ダメ。ただ、医師の許可があれば個包装のお菓子やインスタント食品など、持ち込みオーケーとなります。あらかじめ、確認をおすすめします。
病室に入る前には、必ず手を洗い、消毒すること。見舞客も患者も、双方マスク着用は必須です。患者のベッドに腰かけたり、荷物を置いたりしないこと。部屋付きの洗面台やトイレを使用しないこと。また、あまり大勢で見舞ったりしないこと。感染の危険が、より増大します。
もし患者が無菌病棟に入ったなら、それは多くの場合、治療が骨髄移植に向かい、いずれ無菌室に入るであろうことを意味しています。当然ながら面会条件も、更に厳しくなります。万一無菌病棟内に感染症を持ち込んでしまったら、大変な悲劇が起こります。心して面会に臨んで下さい。
まず最初のドアを開けて、小さな部屋に入ります。ここは無菌病棟の前室となります。最初のドアが完全に閉まったことを確認してからでなくては、次のドアを開けてはいけません。しかも、その前にすることがあります。
コートなど着ていれば脱いでロッカーへ。手荷物も同様に。それから洗面台で手を入念に洗い、消毒。それでようやく二番目のドアを開け、ナースステーションで受付。もちろん病棟内ではマスク着用が必須。
患者が無菌室にいる場合は、直接顔を合わせることはできません。面会廊下から、ガラス越し、インタホン越しの対面です。廊下を通る際、他の部屋のブラインドが開いていたとしても、中をじろじろ見たりしないように。
お見舞いの品については、前述のものは当然すべて禁止、加えて、柑橘類に注意が必要となります。グレープフルーツはいくつかの薬と飲み合わせが悪いことで知られていますが、中でも移植患者が必ず服用する免疫抑制剤との相性は最悪です。他にも、ザボン、ブンタン、ハッサク、スウィーティー等が禁止となります。患者がフルーツゼリーやジュースを欲しがった時には、原材料をよく確かめて下さい。
まだまだ足りない点は多いですが、入門編のマニュアルとしてご参考になれば。
患者自身の生活については、拙著『無菌病棟より愛をこめて』に詳しいです。これは私の身に降りかかった、「万が一」の記録です。
事実は小説より「大変」なり、と実感しつつ、白血病患者の希望の星となるべく、日々を生きている今日この頃なのでした。
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