「この小説では、四十三年前の事件を物語の中心に置いています。昭和という時代の一場面を切り取りたかったからで、時代そのものを描くことは、新たな挑戦でした」
「刑事・鳴沢了」シリーズや「アナザーフェイス」シリーズなど警察小説でおなじみの堂場瞬一さん。最新刊『衆』は、四十三年前に起きた不可解な事件の謎を追うミステリーだ。
主人公は、東京の大学を定年退職し、地方都市にある麗山大学に赴任してきた鹿野道夫。ここはかつて学生運動が盛んで、鹿野もまた、運動に身を投じた一人である。彼は迷宮入りしたこの事件の謎を解くため、四十年ぶりに麗山市に戻ってきたのだ。
「この小説を書き始めるきっかけは、雑談でした。同世代の編集者と、団塊の世代に対する恨みつらみで盛り上がってしまった。世代論は『上から下』へ語られることが多いですが、逆パターンを狙って、時代の空気を切り取れないかと考えたのです。実は、団塊の世代は苦手。社会人になったころ、仕事でつき合うことが多かったのですが、私たちは新人類とレッテルを貼られ、いびられました(笑)。彼らは何かが起こると、一斉に同じ方向を向く。それがバブル経済と、その後の日本の凋落の原因かもしれません。接することが多かっただけに、あの世代の考えや行動パターンについては、ずっと疑問を抱いていたのです」
鹿野はさっそく事件の資料を調べ、さらには当時を知る人々を訪ね歩くが、みな一様に口を開こうとしない。
あの事件は解決しなかったが、小さな街には、いまだに暗い影を落としていたのだ。鹿野が藁をもつかむ思いで頼ったのは、昔の教え子で現在麗山の市議会議員をしている石川正だった。だが石川もまた、鹿野への協力を拒む。実は石川は、あの事件と深い因縁で結ばれていた……。
「石川は私と同世代の設定で、団塊の世代の鹿野に苛立っています。そういう苛立ちを書いている最中、昔を思い出しました。若い頃は彼らの言葉に納得できなかったけど、今考えると多少は理解できるな、とか。そもそも自分は、作家になりたいと熱望していたのに、なぜ就職したのかと今更ながらに後悔したり(笑)と、自分の来し方を振り返ることにもなりました。この小説を書くまで、団塊の世代の頭の中は、まったく理解不能でしたし、書き終えた今も、実は分かっていないと思います。ただ、理解したいという思いが、一冊の小説を書かせたのは事実。難しいテーマを選んだことで、作家としての視野が広がり、これから書き続けていく上での貴重な糧になりましたね」