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第21番

第21番

黒田 夏子 (作家)

登場人物紹介

 一晩に二つぶたいがあって仮装のままつぎの会場にむかうというじょうきょうが鳴牛(なるーし)をはしゃがせ,これから舞踊界をどう乗りきるかなどと言うのでへきえきした.流藻(ながれも)がまぜかえしていくらか場を救ったが,鳴牛(なるーし)がまじめにのぼせるじょうけんはたしかにそろっていた.とくに素質がなくても一どはある急な伸びの時期に朝荒(あさーら)がおもいがけなく日乗(ひのり)を継ぎ,流藻(ながれも)たち同門の年長者がすでに専門職にすることに見きりをつけかけていたところへ学業のくぎりがかさなり,のぞむまま内弟子に入っての数百にちなのだった.

 だいたい朝荒(あさーら)やその弟子たちは土地がらから商家の者が多く,学業や習いごとについて早すぎる決断をせまられないですむところがあった.流藻(ながれも)にしても親の店で働いているのかいないのか,うやむやに長くたっているようだ.どのみち他者の志望には権限も責任もないとわりきってか,朝荒(あさーら)はのぞまれれば気がるにかなえて,月白(つきしろ) や錆入(さびーり)をあやうがらせていた.

 朝荒(あさーら)が日乗(ひのり)を継ぐことに反対した者たちはその時点で分かれたとはいえ,のこった者がかならずしも賛成だったわけではなく,改築した朝荒(あさーら)の私宅に流派の本部が移って朝荒(あさーら)個人の弟子たちが直門あつかいに変わったあと,序列はややこしくおちつかなかった.一めんそれは活気であって,嫉視と侮蔑と敵意の中,鳴牛(なるーし)が朝荒(あさーら)からねっしんにしこまれとりたてられるのはしぜんのなりゆきだった.

 霧根(きりね)や,それほどあらわにではないまでもほとんどだれもが,事ごとに対等でないというあしらいをする鳴牛(なるーし)に雑用はすべてふりかかって,鳴牛(なるーし)がいっしょでなければめいめいにする小どうぐや衣裳のしまつまで手をぬく者があり,それを流藻(ながれも)と私とが手つだうのが定例になっていた.私にはそうするぎりはなかったが,月白(つきしろ)のもとでしているのの延長で,したほうがかえって気らくだった.月白(つきしろ)のことならばまかされているほこりというめんもあったが,舞踊団のなかまとでははたらけばはたらくほど軽んじられるのはわかっていたし,わるくすると朝荒(あさーら)に取りいろうとしているかのようにおもわれかねないとしても,はたらかなければはたらかすがわになってしまうからだった.

 まえの会場を出るとき,霧根(きりね)がそれとなく呼んでくれたが,へんじだけしてあとかたづけをつづけた.霧根(きりね)はりこうだから,私にむかってそんなことはしないものだという目がおはしても,手を出すことはけしてなく,花形にふさわしくまっさきの車でたっていき,私は鳴牛(なるーし)と流藻(ながれも)と荷もつといちばんあとのに乗った.

 着いてからはまた人いちばい気ぜわしかろうから,すこしゆれるが顔をなおしてしまおうと鏡を出した.踊ってきた朝荒(あさーら)の新作の性別なしの顔をこれから踊る民謡ものの男役に変えるのだが,どちらもとくにくせのないつくりで眉と目ばりに加筆するくらいでまにあい,わずかな明るみがあればたりた.いつのまにか流藻(ながれも)も鳴牛(なるーし)もおなじ作業をしていて,蔭の深いまつげを繁らせた女役の流藻(ながれも)が花びら型に塗りなおした口でちらりとわらってみせると,これから華華しく舞踊界に打って出るのだとささやいて私をふきださせた.

感受体のおどり
黒田夏子・著

定価:1,850円+税 発売日:2013年12月14日

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