文春写真館

女優としてはじめて
文化勲章を受けた山田五十鈴

文・写真: 「文藝春秋」写真資料部

女優としてはじめて<br />文化勲章を受けた山田五十鈴

 平成十二年(二〇〇〇年)、女優としてはじめて文化勲章を受章した。それを記念して「オール讀物」平成十三年一月号で平岩弓枝氏と対談した際の写真。膝に抱いている犬は、ぬいぐるみだ。間違いなく日本を代表する大女優だが、こうした茶目っ気が人気の理由だったろう。

 大正六年(一九一七年)、新派の座長・山田九州男の娘として大阪に生まれる。本名は美津。清元を「ご褒美のチョコレートにつられて」稽古をし、十三歳で名取となる。父の知り合いの日活の所長が「声がいいから、トーキー時代にはいける」と映画界にスカウト、大河内伝次郎や長谷川一夫の相手役として活躍。溝口健二監督「浪華悲歌」「祇園の姉妹」、黒沢明監督「蜘蛛巣城」「どん底」など名作への出演が多い。

 四十歳頃から、中村歌右衛門(六代目)や尾上松緑(二代目)との共演を機に舞台にも進出、昭和四十九年(一九七四年)に「たぬき」で芸術祭大賞を受賞している。

 一方でテレビ時代劇にも出演、昭和五十一年「必殺からくり人」に出演して以来、十年間にわたって仕事人の元締めの役を演じ、現在ではこれが「代表作」と言われることもある。

 恋多き女性としても知られ、月田一郎、加藤嘉、下元勉ら、四度の結婚・離婚歴があり、花柳章太郎、衣笠貞之助とも不倫関係にあった。平岩氏との対談でも、花柳章太郎からの「熱い恋文」の思い出について明るく語っている。恋も出会いもすべて吸収して芸にする女優だった。

 多くの俳優、女優に慕われながら、平成二十四年七月九日に没した。

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