書評

『悼む人』映画化によせて
天童荒太 二〇一五年初頭のご挨拶

 読者の皆様、お久しぶりです。天童荒太です。

 二〇〇八年に『悼む人』を単行本の形で発表してから、七年目に入りました。

「オール讀物」での連載開始が二〇〇六年でしたし、さかのぼって『悼む人』の着想を得たのが二〇〇一年ですから、息の長い作品になったことを、嬉しく感じています。

 これも読者の皆様の支えのおかげです。あらためて深く御礼申し上げます。

 不遜な物言いになることを承知で申せば、私は本という媒体は、残ることに意味があると、つねづね思っています。ですので、時間が経過しても、そのおりおりの読者としっかり対話しうる作品になることを念頭に、創作に向かっています。

 作品の真の審判者は、時間だと言われます。『悼む人』も、この先さらに時間が経過したのちの読者の心に、しっかりと届きうるか……小説自体はすでにもう私の手を離れていますので、審判をただ仰ぐばかりです。

 その一方で……もうお聞き及びかもしれませんが、本年二〇一五年、『悼む人』が映画となり、日本の方々、また海外の方々にも観ていただけることになりました。

 人の命が、数字に置き換えられてしまう。

 かけがえのない人のことが、わずかな時間で忘れ去られてゆく。

 生まれた場所の違いや、命を落とした事情の違いで、悔やまれた方、弔い方に差がつけられてしまう。

 それらすべてを、仕方のないことと、あきらめられてしまう。

 そして、ときに、亡くなった人々のことが、さらに多くの人の命を奪うことの、理由とされてしまう……。

 そんなやりきれない哀しみが広がるこの世界に、一番いてほしい人……その想いで、『悼む人』を執筆しました。

 3・11が起き、いたるところで紛争が繰り返され、憎悪の連鎖はつづき、哀しみは消えるどころか、増すばかりのいま、その想いはさらに強まっています。

 彼にいてほしい。悲哀に満ちた場所に、坂築静人に、悼む人に、立ってほしい。一つ一つが、みな等しく、かけがえのない命だったのだと、愛と感謝の名において、心に刻んでほしい。

 死を等しく尊ぶことは、生きているあらゆる人の命を、等しく尊ぶことにつながります。

 遠い地で亡くなった見ず知らずの人にも、愛し愛された人がいるということ……生まれた場所、人種、信仰、貧富の差、仕事や業績の差などに関係なく、一人一人に生活があり、人生があり、愛を交わす人がいて、等しく「悼まれるべき」存在だということ。

 その認識からくる共生の意識こそが、これまでとは別の、平和の礎となり、幸福のよりどころとなるのではないか……。

 あらゆる地にあまねく届けたかったこの想いが、今回、最も信頼する堤幸彦監督をはじめ、卓越した技術と経験を持つスタッフ、豊かな演技力と情熱にあふれたキャストによって、万国共通の言語である映画の形となり、叶えられました。

 原作のファンの方にとっては、すべてがイメージどおりでないかもしれません。長い小説が、限られた上映時間のなかで描かれるわけですし、リアルな人間と場所によって撮影される映像表現は、頭のなかの想像とは違い、おのずと限界というものがあります。

 けれど、今回、スタッフ・キャスト全員の方が、原作に対する深いリスペクトをもって、製作にあたってくださいました。その敬虔な想いが、スクリーンから溢れています。

『悼む人』の登場人物は、ほとんど前例のない、非常に難しい役ばかりです。俳優の皆さんは、演ずる、という以上の、その人物として生きる、ということを丁寧に実践されていました。素晴らしい創造的な仕事であり、心から敬意を感じています。

 世界初のテーマ、世界初の人間像が、美しく、崇高な映像と、俳優の方々の、全存在を賭けたかと思える奇跡的な演技によって、描かれています。

 これは、きっと皆さん一人一人の宝物となる映画です。

 この映画が、世界の隅々で、今後長く、美しい花を咲かせつづけてゆくであろうことを、信じています。

悼む人 上
天童荒太・著

定価:本体590円+税 発売日:2011年05月10日

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悼む人 下
天童荒太・著

定価:本体570円+税 発売日:2011年05月10日

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