2011.07.25 文春写真館

史伝文学の大家 海音寺潮五郎

文・写真: 「文藝春秋」写真資料部

史伝文学の大家 海音寺潮五郎

 明治三十四年(一九〇一年)、鹿児島県の生まれ。本名は末冨東作。中学教師を勤めながら小説を書いていたが、懸賞応募のため筆名を考えているうちウトウトし、夢のなかで「海音寺潮五郎」と呼ばれる声を聞いたという。

 昭和十一年(一九三六年)に第三回直木賞を受賞。綿密な調査に基づく歴史小説が人気を博した。

 海音寺の生涯の念願が、故郷の英雄である西郷隆盛の生涯を描くことであった。昭和三十年から新聞連載として「西郷隆盛」を書き始めるが、一年余で中断。小説形式で西郷の広範な生涯を描いては、分量が膨大になり、到底描ききれなくなったからといわれる。

 このころから、物語形式でありながらフィクションを極力排し歴史の真実を描く「史伝」形式の作品に精力的に取り組むようになる。昭和三十四年から「オール讀物」に連載した「武将列伝」「悪人列伝」のシリーズがその代表作。写真はこの頃のもので、刀剣を見つめる海音寺の目には、歴史小説は娯楽というより「真実の追究」であるという信念が伺える。

 直木賞の選考委員を長く務めたが、その評価基準は明確であり、事実を尊重する歴史小説を高く評価した。司馬遼太郎も、海音寺に絶賛されて受賞している。

 「天と地と」が大河ドラマの原作となり人気絶頂だった昭和四十四年、「今後一切、仕事は受けない」と突然の引退宣言。念願の「長編史伝 西郷隆盛」の執筆に専念し、生あるうちに完成させたいという念からであったが、昭和五十二年、七十六歳で急逝したことで、残念ながら未完となった。

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