書評

リーマン・ショックから欧州危機へ――今も続く負の連鎖の深層

文: 伊丹 敬之

『ブーメラン 欧州から恐慌が返ってくる』 (マイケル・ルイス 著/東江一紀 訳)

文藝春秋 1470円(税込)

 きわめて重いメッセージの本である。カネというものが、人間にとってどのようにして暴力装置になるか。それを一見軽い筆致で、しかしきわめて本質的な部分に切り込んで、説得的に語っている。アメリカのカジノ資本主義の現場を体験した人ならではの、しかし人間の本質を考える天性に恵まれた優れた著者による本である。

 書名のブーメランは、原題のままだが、何がどこへ戻ってくることを象徴した言葉なのか、色々と考えさせられる。私には、カネをたやすく手に入れられる状況に置かれてしまった人間が、いかに将来を不当に楽観的に描こうとして、結局はその楽観が自分のところに破綻となって戻ってくる、そんなブーメランに思える。

 それを考えると、この本の副題の「欧州から恐慌が返ってくる」という表現は、著者の意図を正確に告げているとは思えない。原書の副題は、メルトダウンツアーである。この本は欧州の金融危機がアメリカにあるいは日本にどのようにはね返るかを書いた本ではない。ブーメランは、人間の浅はかな心理のブーメランであり、そして欧州でリーマンショック後に起きた金融の混乱の根本原因となった「政府の放漫」と同じことが、すでにアメリカでも起きているという警告という意味での、ブーメランなのである。

 この本の原書の副題(メルトダウンツアー)が意味するのは、アメリカ発の金融の大波乱が欧州の国々の金融をメルトダウンさせた様子を、ギリシャ、アイスランド、アイルランド、ドイツ、と国ごとに描く、ということである。

 なぜ、メルトダウンが起きたかを著者は考え続ける。そして、四つの国でいかに人間のリスク判断が狂っていったかを描くのである。面白いことに、その狂い方が国によって違い、またその狂乱の宴の後始末のスタンスも、国によって違う。国民性やその国の文化の深層がこういう影響を与えるか、ということを描いた、ヨーロッパ国民性ツアーの本にもなっている。

 たとえば、なぜリーマンショックの原因となったサブプライムローンを使った複雑な金融商品をドイツの地方銀行が大量に買ったか。複雑な金融の世界に未経験のドイツ人が突然ウォール街からの甘い声とすさまじい接待を受けたときに神経が狂った、というのが著者の見立てである。だが、ドイツ全体は、相変わらず堅固な金融システムを維持しようとする。いかにも秩序好きの国民性である。

 この本の最後の章で「あなたの中の内なるギリシャ」が描かれる。それはまず「アメリカの内なるギリシャ」、という意味である。アメリカの地方政府の財政がじつはすでにギリシャ状態にあり、多くの地方自治体で増税は住民が認めず、しかし公務員への支払いは高い水準を維持し続けたままで破綻している。

 その中で、昨年8月にアメリカ国債の格付けが下がった。それは、ドル基盤の国際金融体制の大地殻変動を意味したのだが、衝撃はむしろすでに明白な金融危機にあった欧州諸国に大きかった。だから、かえってアメリカ国債の金利は下がり、アメリカ政府はカネを安く調達できることになった。

 それは、アメリカが「破綻しつつあるのにカネが安く借りられる」というきわめて危険な状態になっていることを意味する。次なる大きな破綻が近づいている、と著者は言いたそうだ。

 しかし、さらに深くは、「あなたの内なる」とは人間の内なるという意味で、巨大なカネに狂って不当な楽観でリスクを軽視する、というギリシャを誰でももっていることを著者は語る。

 バブルは日本でも25年前に起きた。しかし、欧州諸国で21世紀に起きたことと比べれば、あの日本のバブルはかわいいものだった。その背後には日本の国民性があったようだし、また現在すでに増税を受け止めようとしている国民もまた健気に見えてくる。そんなことを考えさせる本である。