男の人が「女って厄介だな」と思うのと同じ頻度でおそらく女の人も「男って厄介よね」と思っている。厄介=めんどくさい、という意味あいで。しかしこのめんどくさいという感情はふたつの意味があり、ひとつは、単に心の底からめんどくさいこと、もう一方は、放っておけない、という意味。男女とも「放っておけない」という感情はやがて高確率で恋心に変わる。
「多田便利軒」には放っておけないほうのめんどくさい男の人がふたりいる。今回の「狂騒曲」は多田便利軒シリーズ三作目になるが、「星さん」は若くて優しいやくざもの、「ルルとハイシー」は娼婦、という点だけ把握していればこの本から読んでも支障はない(把握してなくても読めば判る)。まほろ駅前で便利屋を営んでいるアラフォー男性の多田、居候で元高校の同級生である行天(ぎょうてん)、このふたりがとにかく「放っておけない」タイプで、今回も読み始めてすぐに「惚れてまうやろ!」と叫んだ。
個人的な経験則だが、過去に何か傷を持つ男の人と傷を持たない男の人だったら、間違いなく傷を持った人のほうが色気がある。もちろん、俺は過去に傷を持つ男であると公言してはならない。それは単にみっともない構ってちゃんであり、恥ずべき行為だ。傷のある過去をひた隠しにし、何食わぬ顔をして生きている男の人にだけその色気は与えられる。そんな極上の色気がだだ漏れる多田と行天のふたりが、仕事としてひとりの幼女を預かることから物語は動き始める。否、謎の野菜売りや麗しの未亡人の登場など、実際には前作から物語が始まっているし、その前に布団を吹っ飛ばした依頼人のエピソードも出てくるのだが、この本を読んだうえで興味があれば買えば良い(確実に買うことになりますよとは予言しておく)。
放っておけない者同士、不器用ながら助け合って幼女を育て上げるハートウォーミングなお話、では、決してない。ただ、放っておけない者同士、薄い壁一枚を隔ててお互い支えあって生きているのは間違いなく、今回は、乾いた涙が頬から剥がれるような音を立てて少しずつ崩れゆく壁の危うい均衡を読者は息を詰めて眺めることになる。
とにかく「面白い本」が読みたい人は迷わずこの本を買うと良い。面白いうえに、女子にモテたい男性読者は「厄介極まりない男の色気」をお勉強できる。女性読者はそんな男たちをきゅんきゅんしながら観察できる。お得です。
でも、どう考えてもそういう男の人と結婚はしたくないのよね。
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『烏の緑羽』阿部智里・著
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