乃南さんの新作の舞台は、この六年間で四十回以上訪れたという台湾。その出会いは、東日本大震災がきっかけだった。
「仙台で被災し、その影響で仕事も手に付かない状態になってしまったんです。そこからやっと落ち着いてきたかなという頃に知ったのが、台湾から多額の義援金が寄せられていたこと。それなのに国交がないから政府としてお礼もできないという。義憤に駆られて、感謝の気持ちだけでも伝えられないかと、知人と社団法人を作って民間レベルでの活動を始めました」
手弁当での交流を続けながら、紀行文の連載を始め、回を重ねていくうちに日本と台湾の歴史を日本人がいかに知らないか思い知らされた。そこで、国立台湾歴史博物館の協力を得て、ビジュアル年表も出版。その間、小説の執筆から離れていた乃南さんが、満を持して発表したのが本作だ。
主人公は、声優になる夢を諦めた三十二歳の未來。入院した祖母を元気づけようと、祖母の生まれ故郷である古都・台南へ旅に出ることを決意する。祖母の記憶を頼りに日本統治時代の五十年を探っていくが、それを支えるのが現地で出会った若い世代の台湾の人々。そして、思い出の地をめぐる七日間は未來と台湾の友人たちの人生に大きな変化をもたらすことになる。
乃南さんも、現地で幾つか劇的な出会いをしている。台南市内の日本家屋が残る街を歩いていたら、お婆さんが泣き叫んでいた。同行の通訳に聞くと、乃南さんを作家と知らずに『もし、今ここに小説家が現れたら、私の物語を書いて欲しい』と語ったという。日を改めて話を聞きに行くと、その人生は苛烈だった。このエピソードは本作でも存分に生かされている。
「夫婦や兄弟をめぐる家の問題、そして家族の暴力の問題……親は子を嘆き、子は親を嘆き、逃れることはできない。彼女の悩みはそういったものでした。やるせないことだけど、日本の家庭も多かれ少なかれ同じことを抱えている。台湾と日本では感性も違うし、生活習慣も食生活も似ていない。でも、通じるものがあるんだと思いました」
執筆中は、書斎に戦後間もなくの台南市内のパノラマ写真や地図を張り巡らせて、どっぷり入り込んだ。そこまでして生まれた描写だけに、「六月の雪」と呼ばれる風景を求めて未來が友人とバイクで疾走する姿は、大きな歴史を飲み込んだ上での今の若者の瑞々しさを伝えていて、圧倒される。
「台湾との縁はまだ続いていくと思います。行けば行くほど友人たちとの、しがらみが増えていますから(笑)」
のなみあさ 一九六〇年東京都生まれ。九六年『凍える牙』で直木賞、二〇一一年『地のはてから』で中央公論文芸賞、一六年『水曜日の凱歌』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。