- 2019.08.21
- 書評
2019年、英国のユーモア小説が、さる恩人の一言で大当たり!
文:小山太一
『ジーヴズの事件簿 才智縦横の巻・大胆不敵の巻』 (P・G・ウッドハウス 著)
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
こんなこともあるんですね。『ジーヴズの事件簿』はハードカバーの初版が二〇〇五年で、文芸翻訳書のなかなか売れない時代に珍しくちょっと売れた。その勢いで文庫入りしたのが二〇一一年。以来、大売れもしないかわりに品切重版未定にもならず、たまーに思い出したように増刷されていた。ウッドハウス売れぬでもなし江戸の春、のどかでよござんすねと思っていたら、今になってだしぬけにドカンと来たのである。共訳者の岩永氏は残念なことにすでに故人だが、さぞかしあの世で喜んでいるだろう。ひょっとすると、ウッドハウスのところに自慢に行ったかもしれない。
実は、この企画はもともと岩永氏のものだ。三井物産の鉄鋼本部とかいう、叩けばカキンと音がしそうなくらいお堅い場所で何かやっていた岩永氏がウッドハウスのユーモア小説の大ファンで、共訳でどこかから出せないかという話が私のところに来たのだった。
ウッドハウスといえば英語圏では知らぬ者なきユーモア小説の帝王、機知と度胸でトラブルを解決してゆく従僕ジーヴズとその雇い主であるおバカな青年バーティのコンビは、日本の文化に置き換えればドラえもんと野比のび太のような存在である。しかし、無駄のない文章でさらりと哄笑を誘うウッドハウスの芸を、どうやって売り込んだものだろう。ドサは嫌だよと言い張る芸人のマネージャーになった気分だった。
はじめ持ち込んだ出版社から「うちよりもあちら向きでは」というので紹介されたのが、文藝春秋のN氏である。しばらくすると、当局をどうだまくらかしたのか知らないが、出せることになりました、題名は『ジーヴズの事件簿』で行きましょう、と言う。えっ、事件簿ですか、と驚く我々に、「そっちのほうが売れると思います」とN氏は予言したものである。この予言は二〇〇五年にささやかに当たり、二〇一九年に大当たりすることになったが、N氏はどっちを意味していたのだろうか。
二〇一九年の大当たりの背後には、さる恩人の何気ない一言がある。商魂たくましい文春文庫編集部がさっそく帯に引用したので、ご存じの向きもいるだろう。その恩人は今でいう英文科を出ていらっしゃるので、翻訳で読まれたのかどうかは存じ上げない。それにしても、たわいもないことに人生を賭けているような趣のあるウッドハウスのコメディを、ああいう大変な仕事の方が息抜きに愛好されるというのは、なにがなし腑に落ちる話である。
(「週刊読書人」2019年8月2日号掲載)
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