84歳のお誕生日を迎えられた皇后美智子さまが公表されたおことばにあった一節、「ジーヴスも2、3冊待機しています」がにわかに読書人の注目を集めています。この「ジーヴス」とは、イギリスのユーモア小説の巨匠、P・G・ウッドハウス(P.G. Wodehouse, 1881-1975)が生み出したスーパー執事(正確には「執事butler」ではなくジーヴズは「従僕valet」)のことで、ウッドハウスは生涯にわたって、このジーヴズが活躍する短篇小説・長編小説を発表しました。
ウッドハウス没後40年あまりが経ちますが、いまも著書はイギリスで現役、「イギリス流ユーモア」の基本の基本と見なされています。英国流のユーモアにありがちなブラックさはウッドハウスにはなく、天真爛漫であることも大きな特徴です。イギリスではエリザベス女王の母エリザベス皇太后や、「ミステリーの女王」アガサ・クリスティーがファンであったことが知られており、また日本では吉田茂が愛読者でした。美智子さまのお言葉には「探偵小説」もあげられていましたが、ウッドハウスはアガサ・クリスティーをはじめとする当時のイギリスの探偵小説にも影響を与えています。探偵小説もウッドハウス文学もイギリス的な「余暇の文学」の代表格。
そんなウッドハウスの文学世界を代表するジーヴズ・シリーズは、若き貴族「バーティ・ウースター」を語り手とし、彼が巻き込まれる様々なトラブルをスーパー執事である「ジーヴズ」が見事に解決してみせるというのが「お約束」。このコンビには国民的な人気があり、イギリスでは1993年、"JEEVES AND WOOSTER(邦題「天才執事ジーヴス」)"としてテレビドラマ化されています。日本ではジーヴズとバーティの関係に萌える読者も。
ウッドハウスのユーモア作家としての名声は世界中できわめて高く、美智子さまが「ジーヴスも2、3冊」と補足説明抜きでおっしゃったのもそのため。しかし日本ではウッドハウス紹介が十分になされず、とくに戦後には散発的に数作が紹介されただけで、読書人のあいだでも「伝説の巨匠」として名のみ知られる作家となっていました。
それが大きく転じたのが2005年。文藝春秋が「P・G・ウッドハウス選集」第一巻として『ジーヴズの事件簿』を、国書刊行会が「ウッドハウス・コレクション」第一巻として『比類なきジーヴス』を刊行。これにより長年にわたった日本でのウッドハウスの不在が解消されました。文藝春秋の『ジーヴズの事件簿』(現在は文庫2分冊)はジーヴズ・シリーズの魅力を一望できる「よりぬき傑作選」、国書刊行会はジーヴズ作品の全集(全14巻)と性格の異なる編集となっていて、はじめに試すのなら文藝春秋版、さらに深掘りしたくなったら国書刊行会の全集、と使い分けることができそうです。
文藝春秋では他に、ウッドハウスのほかの名シリーズの傑作選『エムズワース卿の受難録』『マリナー氏の冒険』『ユークリッジの商売道』『ドローンズ・クラブの英傑伝』が刊行されています。
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