小説の書き方もいろいろあると痛感したひと言
――ちなみに、改稿って多いですか?
米澤 あまり多くないと思います。だいたい意図通りに仕上がるので。というか、ミステリーは意図から離れると書き終えられないんです、解決しませんから(笑)。だから書いているうちに登場人物が自由に動き出す、みたいなことはあまりないです。ただ以前、島本理生さんと対談したのですが、島本さんの『ファーストラヴ』で元カレが弁護士に殴りかかる場面があって、それが必要な情報を引き出すための手順のひとつになっているんです。それで、「これは必要な情報を引き出すために逆算した結果、元カレに彼を殴らせたんですね」とお尋ねしたら、違うと。「そろそろこの女の子、昔の彼氏に手紙を出すんだろうな、というのが先でした」と言われたんですよね。
――まさに、登場人物が動き出したという例ですね。
米澤 ええ。人の心がしかるべく動いていって、その結果、謎解きが実を結んでいるんです。やはりミステリーだと、引き出しひとつ開けるにしても、「なんで引き出しを開けたの?」という理由が必要です。私だったら、その引き出しに指紋がたくさんついているとか、あるいは逆に、妙にきれいだとか、情報の糸を繋げていきたくなります。ところが島本さんのこのお話を聞いて、小説の書き方はいろいろあると痛感して、大いに感動しました。どういうふうに書くのかという内幕までは他の作家の方とお話しする機会はなかなかないので、いい経験でした。
――では、米澤さんはキャラクター設定については、事前にどこまで作るのですか。
米澤 謎と舞台とお話が出来上がったら、そこから導き出される感じです。なので、登場人物のキャラクター設定はわりと後から出てくることが多いです。
――数々の謎を生み出すのは大変だと思いますが、普段意識的にインプットとしてされていることはありますか。
米澤 今の仕事は、家で引きこもっていても一応完結はするんです。ただ、仕事が忙しくなって引きこもっている時間が長くなればなるほど、これはちょっと作家としての死が近づいているぞ、と感じます。そうした時は、出かけます。勉強と実感の両方が欲しいので。美術展などに行くことが多いですね。
ただ、実際には、意識的に何かをした時よりも意図しない時のほうが、いろんなことに気づきます。熱心にずっと考えている間は答えにたどり着かないけれども、ふっとそれが頭から外れた時にインスピレーションが湧く、というのは昔からよく語られていることで、自分もそのパターンが多い。
――さきほど立問のお話がありましたが、米澤さんは日常生活の中でも、「あれはなんだろう」「こういうことかな」と立問と回答を考えているのではないかな、と。
米澤 そうですね。実は今も、このテーブルの上にあるICレコーダーに輪ゴムが巻かれているのは滑り止めなのかな、でもICレコーダーってそんなに滑るものかなと思っていて……。
――あ、編集部のレコーダーですね。これ、後ろの蓋が壊れていて、パカッと開いてしまうので留めているそうです。
米澤 ああっ、なるほど。それは思いつきませんでした(笑)。
――そんなことを考えていたとは(笑)。さて、最後に今後のご予定を教えてください。
米澤 二〇二〇年の一月に、東京創元社から〈小市民〉シリーズの『巴里マカロンの謎』という短篇集が刊行されます。その後は、KADOKAWAで時代ミステリー、文藝春秋で書き下ろしの長篇をやらせてもらうことになっています。どちらも来年の刊行を目指しているので、頑張ります。