
2025年5月29日、阿部智里にとって八咫烏シリーズ以外で初のファンタジー作品である『皇后の碧』が、新潮社さんから発売になりました。

「え!? なんで新潮社の新作を文藝春秋の媒体使って告知しているんだ!?」と驚愕のお声があちこちから聞こえてきそうですが、これは私が文春をだまくらかして書いているというわけではございません。
もともと(会社同士の関係はひとまず置いておいて)、文芸の業界では共通の作家さんを担当する各社の編集さん同士には横のつながりがあります。スケジュール管理がデロデロ、時に苦し紛れの嘘をつき、こっそり逃亡しがちな作家をサポート(あるいは管理)すべく、編集さん同士が連絡を取り合い、作家の申告する「あとちょっと、本当にもうすぐ書き終わりますから!」の言葉が虚言か否かの裏を取り合っていたりする場合があるのです。
実は『皇后の碧』は、私の気持ちの上では3年前に刊行されているはずの作品でした。4年前の年末に発刊された某有名ミステリーガイドにて、「来年には『皇后の碧』という本が出る予定で~す!」と能天気に明言していることからもそれは証明出来ます。
しかし、ある程度の型が出来たシリーズものと違って、一からファンタジーを立ち上げるというのは、想像していたよりもずっとずっと大変でした。
気付けば「もう次の八咫烏に取り掛からないといけない時期なのに、『皇后の碧』の原稿まだ出来てない!」という状況に陥り、「でも新潮さんの編集さんには『もうすぐ出来ます!』って言っちゃったよ~!」と頭を抱える事態に陥っていました。
そんな折、文春の編集さんから恐れていた呼び出しをくらい、私は戦々恐々としていつものサロンに出頭しました。
「阿部さん、そろそろ八咫烏の新作を書き始めましょうか」
既に決まったことを告知するような口調で淡々と言われて、私は滝のように流れる己の汗を感じながら声を振り絞りました。
「そうしたいんですが、でもでも、まだ他社さんの仕事が残っておりまして……!」
そんな私に、編集さんは顔色ひとつ変えずにこう返したのです。
「ああ、大丈夫です。新潮の編集さんとお会いしまして、お互いの状況と阿部さんの執筆具合から鑑み、八咫烏の新作刊行を優先させて構わないと言って頂きましたので」
「あれ~!?」
――どんなに口先で誤魔化しても、編集さん方には私の状況などとっくの昔にばれていたということです。
ぶっちゃけて言うと、待って頂くことになった新潮さんには非常に申し訳なかったのですが、「良い作品にするためならいくらでも待てますから!」と優しく言って頂き、本当に本当に助かりました……。命拾いした、みたいな感覚です。
根気強く待って頂いたおかげで、想定していた刊行時期よりもだいぶ遅くなってしまいましたが、納得のいく形で『皇后の碧』を世に出すことが叶いました。

かつて文春さんは、割と早くにデビューすることになった私がスケジュール過多で潰れてしまうことを懸念して、「大学卒業まではウチが間に入ります」と言ってマネジメントをしてくれていた過去があります。「それって囲い込みでは?」と言われることもありましたが、私としては守ってもらったという実感が強くあります。
そして約束通り、大学卒業時には、それまで私に対して共に仕事がしたいと声をかけてくれたもののストップをかけてしまった方々に対し、担当さんからの丁寧な一筆を添えて、最新のゲラを送って下さったのです。
内容としては、「これまでは我々が間に入っていましたが、新人賞を運営し、新人作家を育てる立場にある者として、阿部智里という作家にはこれから出来る限り色々な会社と仕事をして欲しいと思っています。どうぞよろしくお願いします」と、そんな感じでした。
デビュー当時、私に対して「一緒に仕事をしませんか」と声をかけてくれ、この一筆を受けてようやくお会いすることになったのが、『皇后の碧』を担当して下さった新潮社の編集さんです。そしてこの編集さんと裏で手を組み、八咫烏シリーズと両立するようにスケジュールを立て、「せっかくなら羽休みで告知しましょうよ!」と今回このコラムを書かせて下さったのが、当時一筆書いて下さった文春の編集さんなのです。
このコラムの打ち合わせの席でも、お二人の編集さんが「まさかこの2社がこんな形で協力出来るとは」みたいな感じで笑っていたのが忘れられません。
新人作家を育てるぞ、という気概を今日まで貫いて下さったこと。13年もの間、一緒に仕事しようと待って下さったこと。ここでは書ききれないほど、会社を越えて応援して頂いていること。現状は、決して当たり前の話ではないと思っております。この場を借りて、本当にありがとうございますと、感謝の気持ちを残させて頂ければ幸いです。
実は『皇后の碧』は、モチーフとしては八咫烏シリーズ第1巻『烏に単は似合わない』と共通する部分があります。美しい女達が妍を競う後宮に、物知らずな女の子が突然入ることになり……というあらすじからしても、八咫烏シリーズ読者の皆様にとってはあまりに聞き覚えのある内容でしょう。
私はファンタジーが好きですし、後宮ものが好きですし、緑色が好きですし、綺麗なお花や石などが好きです。たとえ「また似たような話書いたの!?」と言われたとしても、何度だって、私の満足がいくまで、似たようなモチーフの話を書き続けたいと思っております。
ある意味で『皇后の碧』は、13年の私の経験を全て注ぎ込み、もう一度似たような題材に挑戦した物語とも言えます。どちらが良い悪いではなく、あの頃の私にしか書けなかったものもあれば、今の私だからこそ書けたものもあるはずです。
『皇后の碧』を好きになってもらえるかは分かりませんが、阿部智里という作家に興味を抱き、こんな辺境コラムにまで目を通して下さっている奇特な方にとっては、『烏に単は似合わない』と読み比べたり、八咫烏シリーズの中にも共通する私の好きなエッセンスを見つけたりする楽しみ方が出来るかもしれません。
八咫烏のラストスパートも引き続き頑張って参りますので、どうか『皇后の碧』もよろしくお願いいたします!


阿部智里(あべ・ちさと) 1991年、群馬県前橋市生まれ。早稲田大学文化構想学部在学中の2012年、『烏に単は似合わない』で松本清張賞を史上最年少で受賞。17年、早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。デビュー作から続く壮大な和風大河ファンタジー「八咫烏」シリーズは現在は第2部へと突入、外伝も含めて『望月の烏』で12冊を数える。24年、吉川英治文庫賞受賞、4月からNHKアニメ「烏は主を選ばない」が放送。ほかの作品に『発現』など。
【公式Twitter】 https://twitter.com/yatagarasu_abc
-
『踊りつかれて』塩田武士・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2025/05/30~2025/06/06 賞品 『踊りつかれて』塩田武士・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。