「誰かが死ななきゃ分かんないの?」――『週刊文春』連載時から話題沸騰! 『罪の声』や『存在のすべてを』の塩田武士さん最新作『踊りつかれて』より、衝撃の序章〈宣戦布告〉を大公開!
ジャンル : #エンタメ・ミステリ
突如、インターネット上に投下された一つの爆弾。名前、住所、勤務先……それは、83人のあらゆる個人情報だった。誰が、何の目的で?
〈宣戦布告〉と名づけられたその爆弾は静かに爆発し、やがて彼らの人生を次々破壊していく――。
衝撃の長編『踊りつかれて』の発売に際し、〈宣戦布告〉を一挙公開。SNS社会に生きる私たちは、誰一人として他人事でいられない。
序章 宣戦布告
何が「人を傷つけない笑い」だ。
萎縮してる芸人見てると、マジで息が詰まる。芸人に正論語らせてどうする。何が「深い」だ。浅いよ。その前に面白くないよ。今、テレビでもっともらしいこと言ってるそいつ、本当はもっと面白いからな。
一回「傷ついた」って言うの、やめろ。後先考えずに不平不満を公表して、見ず知らずの連中と徒党を組むの、やめろ。それ、永遠に残るからな。
「味方です!」ってDM送ってきた奴は、半年もしたら書いたこと忘れてるからな。
「この人、悪い人です! 僕、傷ついたんです!」って、街中でいきなり叫んだ奴がいるとしろや。そんなあやふやな状況でだ、脊髄反射で「味方です!」って言う奴、よく信用できるな。そいつ、さっきまで見ず知らずの人に「このクズが!」ってツバ吐いてた奴だぜ。
被害者になって気持ちよくなってんじゃねぇよ。何だ、おまえら界隈の不気味な優しさもどきは。傷の舐め合いで恨みを膨らませて安っぽく高揚していやがる。で、反対向きゃ考え得る限り最悪の謗りを人に投げつけて、「辱めること」ただそれだけに勤しむプロの加害者がいる。普段は世の中の端の方に追いやられてる極端に潔癖で、極端に下品な奴らがどういうわけか、ネットの世界では大手を振って花道を歩いてる。極左と極右は同じだ。つまり、潔癖は下品ってこった。
なぁ、訳分かってないのに口挟むなよ。ちょっと検索したぐらいで裁判官気分のおまえらに、世の中が見えてるわけねぇだろ。
いいか、人間なんて節操がない生きもんなんだよ。
表層的な優しさなんぞ人間の成長を止める毒だぜ。そんな分かりやすくて心地いいところに幸せは落ちてないぜ。必要な厳しさにまで「時代遅れ」のレッテル貼って逃げてると、今みたいにずっと不安なままの人生だぜ。
動いたら摩擦が起きるのは原理だ。万物は原理から逃れられない。
本当に深刻な悩みなら今すぐ専門家のとこに駆け込め。ネットの百倍頼りになるから。ネットの百倍安全だから。
それ以外の「なんちゃって被害者」たちよ。おまえたち、随分居心地のいい浴槽を見つけたじゃねぇか。炎上風呂の湯加減はどうだ? おまえたちに気ぃ使ってよ、みんな何か意見言う前に「にわかですけど」とか「私も本来そうあるべきだと思うんですけど」みたいなまどろっこしいエクスキューズつける変な世の中になっちまった。言葉にまでマスクつけるってか? こういうストレスって、チリも積もればでバカにならないぜ。
そんな発火寸前、ガス充満の空間でさ、下手打った奴はどうなる? ぺっしゃんこになるまで罵詈雑言のフット・スタンプよ。
ひょっとして、自分のこと正しいと思ってる? YouTubeと箇条書きニュースで博覧強記になったとでも? 分かりやすさこそ神? 大バカ者め。昭和の体罰教師直伝のうさぎ跳びで峠を攻めろ。
よく聞け、匿名性で武装した卑怯者ども。
先入観の霧の中でよく見えない、現代社会の差別が何なのか教えてやる。おまえたちが大嫌いな「有名性」だ。おまえらはよ、自分の相手をしてくれる範囲の人間には甘いわな。でも、逆立ちしても知り合えない芸能人には歯石だらけの牙を剥くよなぁ?
クスリでしくじった奴に放つテンプレ、あるな? 「もう復帰ですか?」「芸能界はいいですね」「一般社会なら即アウトですから」……。
大バカ者め。昭和の少年野球コーチ直伝の「ケッパン」食らって「ご指導、ありがとうございました」って頭を垂れろ。
すぐ忘れるショート動画観て暇潰すんだったら、裁判所に行って傍聴でもしてこい。情に厚い社長さんが「今後は責任を持って云々かんぬん」ってクスリでしくじった社員にチャンス与えてるわ。
人間には事情ってもんがあるんだよ。それも一人ひとり違った理由を持ってるんだよ。いい加減「芸能人は特別扱い受けてるズルい奴」っていう認識改めろ。不安定な業界で必死になって勝ち抜いて、小さい浮き輪にしがみついて生き残ってるんだよ。
イメージの商売だから晒されて当たり前って言うバカがいるよな? アホ。イメージで大金発生するのはCMぐらいのもんだろ。役者は芝居、歌手は歌、芸人はネタで商売してんだ。職人と同じで、技術で生きてるんだよ。
テレビも情けねぇ。ちょっと抗議があったら、トカゲの尻尾を切りやがる。そんな暇人のクレームなんぞたかが一瞬、ネチネチ電話かけてくる粘着野郎は威力業務妨害で通報してやれ。不倫なんて大半の視聴者は何とも思ってねぇわ。ネタにしてくれた方が気ぃ使わなくて済むわ。大の大人がしょうもないことで深刻な面しやがって。幼稚くせぇ。一回座禅でも組んで考えれ。おまえらの人生と何の関係もないって気づくから。
俺にはよぉ、大好きな芸能人が二人いるんだわ。
一人はこの前死んだよ。高い所から飛び降りて。
芸人の天童ショージ。そうだよ。レギュラーいっぱいあんのに二十代の自称タレントの訳分かんねぇ女と不倫した、あのバカな奴だよ。女が週刊誌にタレ込んだLINEのメッセージとホテルでの盗撮画像憶えてるだろ? そう、おまえらの尽力の賜物で拡散した素材だよ。
いい芸人だったんだよ。あいつさ、売れてからもずっと単独ライブ続けててさ。テレビの仕事が増えても舞台に立ち続けたんだよ。やっぱり芸人はネタだよな。まぁ、ピンでいろんなコントやるんだけど、最後は絶対十分の漫談やるんだよ。日常生活から入って芸能通史に触れて、時事問題に持っていく流れが多いんだけど、これがさ、尻上がりに観客が沸いていって、笑いの渦に引きずり込まれるわけ。
もう痺れるんだ。芸人がセンターマイク一本で、しゃべくりで勝負するんだぜ。そんな芸持ってるの、今、ほとんどいないだろ。まだ三十五だったんだぜ。四十代になったらもっと渋みが出てくるはずだったんだ。こっちは中野のちっちゃい舞台で燻ってたときからずっと観てるから、手入れを続けて鈍く光るようになった革の財布みたいに愛着があってさ。
だから、天童ショージがこの世にいないっていうのが実感できないんだ。時々、寂しくて堪らなくなるときがある。仕事から帰ってきて、安酒で晩酌しながらDVDで天童のネタ観て笑ってる時間が好きだった。
週刊誌が不倫をスッパ抜いて、ゴミみたいなネットメディアが好き勝手書いて、おまえらみたいなハイエナが偽物の正義感と腐乱した悪意で言葉の爆弾を落としていった――そんな濁流に呑まれるあいつを俺はただ指をくわえて見てるしかなかった。
あんなに笑わせてくれたのに、何にもお返しすることができなかった。せめて天童がSNSでもやってくれてりゃ、俺だけは味方だぜって、おまえは天才だぜって、伝えられたのによ。天童はTwitterで愚痴ったり、インスタに消費画像を載せたりするようなみっともない芸人じゃなかった。やりきれないことがあっても、客にもたれ掛からない、媚びない、凜として立っていたよ。エクスキューズだらけの世の中で、よく我慢したよ。
過去の雑誌発言の一部を切り取って、全く意味の異なるニュースにして拡散したのは、YouTuberだった。特にひどかったのは「天童ショージがパパ友にマウントで総スカン! 幼稚園児の娘がイジメにあっていた……」って動画。もちろん嘘八百の内容なんだけど、前に週刊誌が目線入りの娘の写真を載せて問題になったことがあって、それを勝手に使ってるわけ。子どもをダシにするなんて、世間には鬼畜がいるもんだよ。
あいつはできる限り園の行事に参加してた。天童の漫談にさ、幼稚園の運動会の日に父親たちが集まって、グラウンドに観覧用のテントを張っていくネタがあるんだよ。やたらリアルな人間観察が面白いんだけど、それもあいつが早朝からテント設置に従事した成果だよ。芸能人を弄ぶためなら家族もおもちゃにする。そんな奴が現実社会に存在して、そのクズ動画を思考停止のまま拡散したバカが無数にいる。
俺は心底思ったよ。ネットなんかなくなれ、SNSなんかなくなれって。何が「奥さんがかわいそう」だ。おまえらに何の関係がある。その「かわいそうな」奥さんの心の叫びを代弁してやろうか? 「放っといてくれ!」だよ。
よそはよそ、うちはうちって最低限のマナーじゃないの? おまえらノゾキのくせに説教垂れて、含羞ってもんがないのか。
天童は弱みを見せられるような器用な人間じゃなかった。全身が鋭いナイフだから、世相を斬れたんだ。でも悲しいかな、尖ったものは折れやすい。
子どものこと言われて耐えきれなくなったんだろうな。
天童が飛び降りたら、Twitterの「#天童ショージ」の連中が案の定、手のひらを返したよ。「不倫なんて家庭の話だろ」「娘さんの動画つくった奴、マジで許せない」「乗り越えてネタにしてほしかった」……勝手なこと言ってんじゃねぇ。
誰かが死ななきゃ分かんないの? で、一週間もすれば、その“反省”の掘っ立て小屋は更地になるんだろ?
もう一人は、奥田美月。
あんな歌手はもう二度と出てこないと思ったら、やっぱりそうだった。八〇年代の日本は今よりも不公平が多かったし、完璧とはほど遠い社会だったよ。でも、右肩上がりの未来を信じてて、全体的な明るさがあった。そして個人的には、その明るさの根底には奥田美月の歌があった。
冴えない人間でも青春を強要されたあのころにとって、彼女は救世主だったよ。人に自慢できることなんかほとんどない俺だけど、売れる前の奥田美月の営業ステージを最前列で観たことがあると言ったら、羨む人もいるんじゃないか。
遊園地の特設ステージで彼女を見たとき、世の中にはこんなにかわいい人がいるのかって、衝撃でクラクラしたもんな。あんなに顔が小さくて透き通るような肌をしてるのに、ずっと笑みを絶やさずにいるんだぜ。比喩じゃなくてマジで天使なんじゃないかと思ったね。
でも、本当に驚いたのは奥田美月が歌い出したとき。まず声が低くて妙に艶めかしい感じがして、しかも見た目とのギャップ萌えまであるから一気に引き込まれたよ。めちゃくちゃ歌が上手くて、何より堂々としてる。当時まだ十六歳だぜ。
声に落ち着きがあるから、初恋の歌でも瑞々しさだけじゃなくて切ない気持ちがちゃんと届く。
デビュー曲の振り付けはあんまり動きのないものなんだけど、マイクの持ち替えとかヒールがステージを打ち付けるリズム感とか、キレがあって様になる。
この子、絶対踊れるわと思ったら、やっぱり小さいころからバレエを習ってて、全盛期なんかピンヒールでターンをキメまくってたもんね。
ルックス、歌、ダンス、全て一流で、話すとおっとりしてて表情が柔らかい。キャラまで完璧。どうよ、これがスターだよ。今、こんな歌手いるか?
遊園地のイベントは最後に握手会があったんだけど、俺、手が震えてたからね。当時のことだから「年下の女の子相手に何たる失態」なんてちょっと落ち込んだけど、当然向こうは俺のことなんて憶えてないわな。
レコードとCD、VHSは鑑賞用と保存用を買い、コンサートには欠かさず出陣し、ゴーストライターが書いた脚色だらけの自伝も暗記するほど読み込んだ。新聞や雑誌の記事もファイリングして、グッズも複数のコンテナに収納してる。
今でも録画した歌番組を観返してさ、音楽賞の受賞シーンで一緒に泣いてさ、アイドル番組の安いコントで笑ってるわけ。
つまんない人生でも、今週美月が何の番組に出るとか、コンサート会場へ行くときの期待感と帰るときの満足感とか、注ぎ込んだ金の百倍以上は元気もらったな。
さすがのおまえらでも知ってるだろ。一時代を築いた人だからね。シングル三十一枚、アルバム十三枚、ライブアルバム三枚、カバーアルバム二枚、十本のビデオ作品。シングルの最高売上が百一万枚。アルバムでは百五十万枚。
三十代は何を歌うんだろうと楽しみで仕方なかった。奥田美月は間違いなく俺の生き甲斐だったから。
でもさ、あの「暴言テープ」の流出で流れが変わってしまった。確かに感情的になって取材記者にきついこと言ったわ。けど、前段があっただろ? 先に嘘っぱち書いたの週刊誌の方だぜ。妻子ある俳優との“密会”って、あれ、本当はマネージャーが同席してんのに、意図的に二人のカットを載せたわけだよ。
本当のこと話せば、騒ぎは収まると思ってた。でも、あの報道をきっかけに「本命は別の大物俳優」とか「態度が悪くてスタッフ受けが悪い」とか虚報が続いて、世間から猛バッシングを受けてたから、我慢の限界だったんだ。だから取材に来た記者にワーって怒鳴っちゃった。
そりゃ溜まりに溜まった怒りだったから、激しい言葉になったよ。大ファンの俺ですら隠し録りされた音声聞いて、正直、ショックだった。だって遊園地で天使だった彼女を見てるし、明るく爽やかで売ってるとこあったから。
その虚像を全てだと思って、彼女が生身の人間であることを忘れてたんだな。その後CMが飛んで、テレビも様子見したんで、精神的に不安定になっちゃった。ライブさえ開けなくなって、初めて空白地帯ができたわけ。
九〇年代に入ると大型歌番組が終わって、テレビのバラエティ化が加速する中で「アイドル冬の時代」が訪れるわけだ。逆風でなかなか状況が好転せず、もうトラブルメーカーみたいな変な色がついちゃって、世間も歌手とは見てくれなくなって、奥田美月を聴くことが「古い」とか「恥ずかしい」になっちゃった。
俺だって彼女に何一つ責任がないなんて言わないよ。確かに多少天狗になっていたところもあるし、酒に溺れて声質が変わったのもプロ意識の欠如だ。でも、十六のときから華やかな世界でチヤホヤされて、調子に乗らない人間なんている? 金のなる木に群がる芸能界、売れれば何書いてもよかった芸能報道、その環境が美月を持ち上げて突き落としたんだろ。
もうショックなんて言ってられなくなって、応援しなきゃって。俺たちが美月を支えなきゃって。熱く思うんだけどできることなんかないんだよ。無力を痛感したよ。彼女の歌がない人生はしんどいって骨身に染みて分かったけど、奥田美月は九〇年代半ばから唯一の例外を除いて、姿を消してしまった。たまに週刊誌やスポーツ紙が真偽不明の憶測記事を書いているけど、信用はしてない。
俺が心の底から愛した芸能人は、奥田美月と天童ショージだけ。二人とも週刊誌とおまえらに抹殺されてしまった。
おい、間違っても自業自得とか不倫は民法上の云々なんて薄っぺらいこと言うんじゃないぞ。二人は犯罪者でも何でもないからな。無理やり悪人の鋳型に流し込むのは、それこそ悪人がやることだぜ。何度でも言うけど、おまえらには関係のないことだからな。全て当事者間で解決する問題だから。
これまではさ、忘れてくれたじゃん。時間が笑い話にしてくれたじゃん。でも、今は永遠に記録されて蒸し返される。ネットに公開する奴がいる限り、過去の過ちが鮮度を保ち続けるんだよ。赦されない社会になってしまったんだよ。裁判所が「忘れられる権利」を認めない国なんだから、一度でも道を踏み外したら針山に突き刺さるわな。
なぁ、おまえたちの不倫や暴言は報じられないのに、同じ国民の義務を果たしてる芸能人のプライバシーがめちゃくちゃにされる根拠って何なの? みなし公人って何だよ。「広く影響を与える存在」って何だよ。そのくせ「芸能界は甘い」だの「辞めて一般社会で働け」だの言って追い詰めるの、おかしくない?
右向きゃ「特別だからプライバシー制限されるよ」って言われて、左向きゃ「芸能人を甘やかすな」って怒られる。
やっぱり、おまえたちの中で「芸能人は楽して儲けてる」とか「特別に下駄を履かせてもらえてる」っていうイメージがあるんじゃないか? 一般社会と同じだぜ。生き残ってる人は死ぬほど努力してるし、特別な下駄を履ける成功者はどの世界にもいる。そもそも芸能人と一般人っていう区別は何なんだよ。公人以外はみんな私人じゃねぇか。
ネットとSNSのインフラ化で、プライバシーに関する前提は変わってしまったんだよ。いつまでも芸能人だからって人の私的空間を侵し続けるんじゃねぇ。甘えてるのはおまえたちの方だろ。
芸能界に入ると、人の心が鉄でコーティングされるわけじゃねぇぞ。おまえたちと一緒で剥き出しだよ。
おまえらさ、ルパート・マードックって知ってるか? 一言で済ますなら、悪名高き世界のメディア王だ。このオッサンがイギリスの『ニューズ・オブ・ザ・ワールド』っていう大衆紙を持ってたんだが、二〇〇〇年にあるキャンペーンを打った。子どもに対する性犯罪の前科者の氏名、顔写真、居住地域を公表していくぶっ飛んだ企画だ。被害者の親のためっていう大義名分はあったけど、まぁ、新聞を売るための戦略と見られても仕方ないわな。
モノの本によると、八十三人の個人情報が公開されたらしいんだけど、その結果、イギリスで何が起こったか――。
前科者が住む街のあちこちで、家が襲われ車が燃やされ、「小児性愛者をつるし首に」ってプラカードを持った奴らによるデモ行進が起こって暴徒化した。その中で同姓同名、容姿が似ているだけの無関係の人たちが襲撃されることもあった。カオスだろ?
性犯罪者が近くに住んでるって知ったら、確かに気持ち悪いわな。でもさ、服役して更生しようとしてる人間もいるわけさ。こんな報道を許したら、前科者には何の希望もないと思わないか?
『ニューズ・オブ・ザ・ワールド』って新聞は後に大規模な電話盗聴事件を引き起こして廃刊になるんだけど、この一連の暴徒化ってネットでいうところの炎上ってやつだよ。
これ、何も遠い国の昔話じゃないぜ。おまえらはただフリック入力してるだけって気軽に考えてるかもしれないけどさ、炎上に加担した時点でそれはおまえらの品性そのものなんだよ。口を開けば忙しいって倍速視聴してる連中がよぉ、わざわざSNSで人格否定する必要なんてないだろ。大好きなコンテンツ消費ってやつに勤しめ。
ただ感想言って何が悪いって開き直るのか? 感想なんて言葉でごまかすんじゃねぇ。陰湿な悪口だ。それが証拠に匿名じゃないと都合が悪いだろ? 調べもしねぇ、興味もねぇ、つまり批評でもねぇ。
おまえらの中にはいろんな奴がいるんだろうな。大した努力もしないで現状に不満ばっか募らせて捻くれた中年、親の庇護下で好き勝手生きてるのに社会を知ったような気でいるクソガキ、女に偉そうにされるのが我慢ならない男性ホルモンの権化、時代の追い風に浮かれて何でも批判できると勘違いしてるエセフェミ、学歴で人生のピークを迎えちまって斜に構えることでしかプライドを保てないクズ、テクノロジーのアシスト機能を何の疑問もなく享受してバカであることを誇るバカ……全く、付き合いきれないぜ。
付き合いきれないって言ってるんだよ、俺が。
後ろめたさを知らない人間は、その無邪気さが刃になることを知らない。後ろめたさから逃れられない人間は、自らを正当化する過程で正義を失うことに気づかない。
おまえたち、まだシラを切るのか。おまえらは被害者の気持ちを慮る善人なんかじゃない。わかりやすいほどシンプルに加害者だ。イジメっ子だ。
みんな菌まみれなのに、口先だけで無菌空間をつくろうとするからしんどいんだろ。人間に希望のレンズだけ向けんな。常に諦念のレンズも用意しとけ。
なぁ、何となく嫌な予感しない?
SNSなんてなくなればいいのにな。えっ、ダメ? 余計なこと言うなって? そうだよなぁ。やっとおまえら権力者になれたもんな。炎上させて誰かが何かを諦めたときに、社会を変えてやったと実感できるもんな。そうやって表面的な正義感で研いだナイフで、悪意の塊でつくった毒で世直ししてるもんな。
おっしゃる通り、表現の自由の行使だよ。でもな、自由には必ず責任が伴うんだよ。たとえそれが愚にもつかない陰口でも、情報を公開した時点で責を負うんだよ。
無関係なところに首を突っ込んで、さんざん楽しんだおまえたちのことだ。だから悔いなんてないはずだ。人間の価値観っていうのは残酷で油断のならないもんだな。時代が変われば昔の美点は今の汚点。おまえたちの世直しも時代が変われば顰蹙もんだ。未来の若い奴に言われるんだぜ。
「ひと昔前って、ネットで悪口書いて平気で公開してたらしいよ」
「えー、令和終わってるじゃん」
後になって糾弾されても「そのときは大した問題じゃなかった」なんて口が裂けても言うんじゃないぞ。赦さなかったおまえらが赦されるはずがないんだから。社会が寛容さを捨て去った当然の帰結だ。
傑作だろ? 笑えるだろ? これが「人を傷つけない笑い」ってやつか?
そろそろ道を空けろ。人を人と思わない悪魔どもめ。
匿名性に胡坐をかいてる奴らの顔が、こっちからはよく見えてるぜ。おまえらの匿名という既得権益を奪ってやる。
大好きだったんだ。奥田美月も天童ショージも。
美月は姿を消したまま出て来ねぇし、天童に至ってはこの世にもいない。もう新しい二人に触れることはできない。
何度でも言う。俺は二人が殺されたと思ってる。メディアとおまえらに。軽々に便乗して集団化したんだから、おまえらもマスゴミだ。
不寛容な社会は、容赦のない人間を生む。例えば、この俺のように。
やっぱり俺は週刊誌とおまえたちを赦せない。
だからやってやるよ。俺には俺の、ケジメのつけ方ってもんがあるんだよ。
『ニューズ・オブ・ザ・ワールド』になぞらえて、八十三人にしようか。
いい加減な記事で美月をたたいた週刊誌関係者、天童を水底に叩き落としていい気持ちになった第五権力のおまえたち。
これから重罪認定した八十三人の氏名、年齢、住所、会社、学校、判明した個人情報の全てを公開していく。
八十三なんて数字は氷山の一角に過ぎない。だが、図に乗ってると、次はおまえの番になるから肝に銘じておけ。
この戦いは俺一人のものじゃない。必ずや賛同者が現れ、八十三という数字が起点に過ぎないことが分かるはずだ。
明日にはおまえたちの人生はめちゃくちゃになっている。
奥田美月や天童ショージのように。
せめて今日を楽しめ。あばよ。
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