人間はみな愚かだということを出発点とする小説を書きたい (後篇)

作家の書き出し

作家の書き出し

人間はみな愚かだということを出発点とする小説を書きたい (後篇)

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

貴志祐介「作家の書き出し」

 そう思っていた折に読んだのが、鈴木光司さんの『リング』です。鈴木さんには失礼ですけれど、本当に全然期待していなくて、ちょっと読んで寝ようと思って夜12時くらいに読み始め、結局明け方までかけて全部読みました。なんだこれは、と思いましたね。こんなに面白い小説があるのかと。『リング』はホラーではありますけれど、その時、これはミステリーだと思ったんです。ミステリーは書きつくされたと思っていたのに、まだ未踏の地が広がっているなとすごく感じました。それで、自分もこういうものを書きたいなと思っていたら、ちょうど日本ホラー小説大賞というものが創設されまして。それで、第一回から応募を始めました。

応募作のキーアイディアがもろかぶり

 その後、阪神・淡路大震災を経験した時に現実に死の危険を感じたんです。今まで観念的に扱ってきたミステリーの死とかホラーの死とは全然違うんだなと、頭を殴られたみたいな感じになりました。で、ちょっと心を入れ替えて書き始めたのが、自分でもほれぼれするようなプロットだったんです(笑)。その話の半分は『十三番目の人格ISOLA』と同じです。腎臓移植をした少女がいて、そこに体外離脱をした意識が戻ってくる話なんですが、その腎臓移植のあたりが、その後に出た瀬名秀明さんの『パラサイト・イヴ』ともろかぶりだったんですよ。そのまま応募したら、盗作に近いんじゃないかと言われそうなくらい。

――『パラサイト・イヴ』は第2回日本ホラー小説大賞受賞作ですね。

貴志 それで、似ている部分を強引にぶった切って繋ぎ合わせたのが『ISOLA』でした。その時は本当に瀬名さんを恨んだというか(笑)。まあ、同じ時代に書いていると、同じようなことを考える人間がいるというのは面白いですけれどね。今にして思えば。

――その『ISOLA』が第3回日本ホラー小説大賞で佳作入選し、第4回の時に『黒い家』で大賞を受賞。デビュー後もさまざまなジャンルで書かれていますが、どれも方法論は同じなのでしょうか。

貴志 基本的な考え方、書き方は変わらないと思います。ただ、小説というものはいまだによく分からないですね。「人間を書くものである」というひとつの答えがあるわけですけれども、実はそうなのかなと疑問に思っている部分もありまして。基本的には、小説は何をどう書いてもいいもので、タブーというものはないと思うんですよね。怖ければいい、笑えればいい、読んで感じる何かがそこにあればいい、ということなんですけれど。

 ただ、当然ながら読んでいる人もみんな人間なので、人としてどう感じるか、どう怖がるか、どう理不尽に思うのか、といったヒューマンファクターは重要です。

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