――『硝子のハンマー』からはじまる、防犯探偵・榎本シリーズで密室ものをたくさんお書きになっていますよね。さきほど、以前密室ものは書きつくされたと感じたとおっしゃっていましたが、その後どのように考えが変わったのですか。
貴志 そうですね。これはあまり聞いたことがないというトリックをいくつか思いついたので短篇集を書いたんです。そうすると、その過程で違うトリックをまた思いつくんですよね。つい数日前も、全然別のことを考えていたら密室トリックが突然ひとつ浮かびました。あと1、2冊は作れそうなトリックのアイデアがあります。
私は囲碁や将棋が好きで、大学時代はチェスのクラブにいたんです。チェスの序盤の定石は研究しつくされていると思っていたところ、ある時ガルリ・カスパロフという元チェス王者の本を読んだら、「まだ序盤のことは何も分かっていない」みたいなことを言っている。むしろ中盤や終盤のほうがパターンが決まっていて、序盤はまだ分からない、というんです。確かに囲碁にしても将棋にしてもAIに考えさせると、誰もその脇道は考えていなかった、という手を出してきたりするんですよね。小説もおそらくそうじゃないかなと思います。特に密室トリックに関しては、よくよく注意してみると、全然違う未知の入り口がすぐ傍にたくさんあるんじゃないかという気がしています。それは、たとえばスマホが出てきたからスマホによる密室トリックができるようになった、というようなことだけじゃなくて、昔からやろうと思えばやれたのに誰も試してなかった、というものが結構あるような気がしています。
終末ものを書くときに大切なことは……
――終末ものはいかがですか。どう滅亡していくのかという描かれ方もいろいろバリエーションがあると思うのですが。
貴志 終末ものの場合はアイディアじゃなくて、いかに今の社会を理解しているかというところが重要ですね。たとえば医療体制が崩壊する場面を書こうと思ったら、医療体制について知らないといけないわけです。新型コロナの流行をうけて新聞コラムで小松左京さんの『復活の日』が取り上げられたりしていますが、あれは人類が新型のウイルスで滅亡する話で、医療崩壊のシーンもあるわけです。読んでいて異常にハラハラドキドキしたのを憶えていますけれど、小松左京さんという方は本当に、社会に対する知識がすごかったと思います。アメリカの作家だとロバート・A・ハインラインという人がそうですね。