過去の自分から受け取った手紙――。「八咫烏シリーズ」執筆の原点

作家の書き出し

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過去の自分から受け取った手紙――。「八咫烏シリーズ」執筆の原点

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

阿部智里インタビュー(後編)

阿部 最初は西洋ファンタジーです。子どもの浅知恵で、自分もすぐに「ハリー・ポッター」が書けると思っていたんです。ところが当然、書けない。大作の序章まで書いて終わるということを繰り返して、自分に西洋ファンタジーを書く力はまだないんだなと気づいて。じゃあ私はアジアに住んでいるんだし東洋ファンタジーを、と書き始めたのが中学生の頃で、新人賞にも応募しましたが箸にも棒にもかからず。東洋もまだ私には広すぎるということに気づいて、「じゃあ日本だ」となったのが高校に入ってからですね。それで書いたのが『玉依姫』でした。

――『玉依姫』ってある意味壮絶な話じゃないですか。異世界で素敵な体験をして幸せになった、という話ではなかったんだなと思って。

阿部 私がファンタジーに薫陶を受けた時代は、ダーク・ファンタジー隆盛期なんです。「ダレン・シャン」だったり「バーティミアス」だったり「アルテミス・ファウル」だったり。「ハリー・ポッター」も最後は殺し合いですし「指輪物語」も9割殺し合いですからね。ファンタジーって字面の反面、めちゃくちゃ重い世界なんだなと思っていました。

――西洋にしろ東洋にしろ日本にしろ、世界を立ち上げる時にいろいろ知識も必要ですよね。それで大学の専攻も、小説執筆に役立ちそうな多元文化論系を選ばれている。

阿部 そもそも進学したのが小説のために勉強しようという目的でした。勉強しないと書けないというか、書くために勉強するしかなかったんです。それで、平安朝の文化とか服装とか様式とかを先生に訊きにいったりしました。

――それで大学院にも進まれて。前に学校に通っていると「調べものがしやすい」とおっしゃっていましたね。

阿部 と思っていたんですけれども、博士課程に行くと様子が変わってきて、今は休学中です。おそらくそろそろ退学します。やっぱり、研究を1番に考えている人たちの中に、研究を2番3番に考えている人間がいるのは申し訳ない気持ちがずっとありました。それにやっぱり両立は困難だなということで。でも、小説を書いているだけだったら経験できないことをいっぱいさせてもらえたので、そういった意味でもよかったなと思います。

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