昭和、平成、令和――時を超え、託された真相のために男は走る。初の大河小説を書き上げたいま思うこと

作家の書き出し

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昭和、平成、令和――時を超え、託された真相のために男は走る。初の大河小説を書き上げたいま思うこと

インタビュー・構成: 瀧井 朝世

呉勝浩インタビュー

『テロパラ』で描かれる「挫折」に魅かれた

――新作『おれたちの歌をうたえ』は、生まれ育った長野で高校時代にある事件に遭遇した男が五十を過ぎた今、当時の仲間の訃報を受けとるところから始まります。長い時間にわたる、壮大でミステリアスで、情熱的な物語です。執筆のきっかけはどこにあったのですか。

 新作の依頼をもらったのは、まだ『スワン』で四苦八苦していた頃でした。打ち合わせで「今までどんな小説に影響を受けましたか」と訊かれ、藤原伊織さんの『テロリストのパラソル』の話になって。中学生の頃、はじめて自分のお小遣いで買った単行本がこれだったんです。直木賞を受賞される前、まだ江戸川乱歩賞受賞と帯に書かれていた時ですね。当時それを読んで、すげえいいなと思った記憶がずっと残っていて。「じゃあそういう路線でやってみませんか」と言われた時に、「あ、その手があったか」と心をつかまれてしまった。自分の年齢や経験を考えたらおいそれと手を出せる題材ではないけれど、とにかく魅力的なオファーだったので、ちょっと考えてみようかな、という感じでスタートしました。しかしというか予想どおりというか、そこから完成までめちゃくちゃ大変でしたけど。

――呉さんにとって『テロリストのパラソル』はどういうところがよかったのでしょうか。

 僕は『テロリストのパラソル』の登場人物とは生まれた年代も育った環境も違うんですけど、あの作品で描かれる挫折感には、腑に落ちるものがあるんです。大人になってようやく言語化できたことですが、作中の彼らは負けたけど、僕自身は負けるチャンスすら与えられないまま生きてきたんじゃないか。そんな気づきを与えてくれた。

『テロリストのパラソル』は初版の発行日が1995年9月14日なんですよね。9月14日は僕の誕生日でもあるんですけれど(笑)、95年というのは、1月に阪神・淡路大震災が、3月にオウム(真理教)の地下鉄サリン事件があった年です。全共闘の時代には共有できた「世の中をもっと良いものに変えられるんじゃないか」という“大きな物語”がなくなりつつあった時期ですよね。その埋め合わせとして超常的なカルトに人が集まり、オウムが出てきたという分析もありますが。

 中二病みたいな話になっちゃいますけれど、僕は当時、世界とか社会といった大きなものに仮託できる何かを探していたところがあったんです。へんな話ですが、挫折に対して、挫折できる状況に対しての憧れがあった。『テロリストのパラソル』は、「みんなもっと学生運動をしろ」と煽るタイプの作品ではなく、挫折の美学が一番コアなところにあって、それが僕にぴったりきたんだと思います。

――それで、『おれたちの歌をうたえ』では、主人公たちが過去と再び向き合う話となったわけですね。

 『テロパラ』の二番煎じになったら負けですし、『テロパラ』で一番好きだった部分を抽出しながら、自分は何がやりたいのかということを改めて考えました。そこでとっかかりとなったのが、スティーヴン・キングの『IT』です。無邪気な子ども時代をいっしょに過ごした仲間たちが恐ろしい出来事をきっかけにバラバラになってしまう。大人になってもその傷は癒えないまま運命に翻弄される。けれどついに自分の人生に立ち向かう決心をして……、という。せっかく長いスパンの話をやるのなら、ちゃんとそこまで描き切りたいと思いました。『IT』やロレンゾ・カルカテラの『スリーパーズ』のように、良き子ども時代や青春時代があって、そのあと大人になる時に、どうしても失われてしまうもの、逆に残り続けるもの、その両方を書きたいなと。それをミステリーで書くなら、主人公たちの人生をねじ曲げてしまう事件がまず必要だろうと。

――読んでいる時にまったく『IT』は考えていなかったんですが、今言われて腑に落ちました(笑)。

 全然違う話ではあるんだけれど、そこは構造的にかなり意識して企画を練り始めました。だから、ベタなんですけれど、幼なじみ5人組のなかに女の子が1人いるという設定にして。彼らが、自分たちの当時の失敗と対峙するというか、もう一回闘うんですよね。悲劇に対する落とし前をつける。

 大河的なものを書くのはハードルを感じていたのですが、佐々木譲さんの『警官の血』がとても面白くて、こういうものを書けたら素晴らしいだろうなと踏ん切りをつけました。当然、同じことはできないのですが。

彼らは、あり得たかもしれない僕だった

――主人公の河辺久則は現在50歳過ぎで、自堕落に生きている。彼は高校まで長野の真田町(現・上田市)で育ちましたが、その高校時代にある事件が起きたんですよね。その経験を共有する当時の仲間の一人の訃報を受けとったことから物語が動き出す。物語の舞台は、昭和51年から52年、平成11年、そして現代のパートがあります。時代設定はどのように考えたのですか。

 場所についてはさんざん迷って、昭和47年のあさま山荘事件を中心に考えることにしました。浅間山にそれなりに近い場所で、地形は山のほうがいいなと。豪雪のイメージは当初からのこだわりだったのですが、調べてみたら昭和52年に五二豪雪というのがありまして。それで、主人公たちは昭和47年に小学生、52年に高校生だったということで、それぞれのエピソードを作っていきました。

おれたちの歌をうたえ呉勝浩

定価:2,200円(税込)発売日:2021年02月10日

別冊文藝春秋 電子版36号 (2021年3月号)文藝春秋・編

発売日:2021年02月19日