——杏は兵庫県・伊和神社の伊和大神から、城崎温泉で開かれる神々の寄り合いに呼ばれます。そこに現れるのは伊和神社の下照姫や城崎温泉の四所神社の湯山主神、そして思金神。これがまたみんな個性的で。
河野 今回の執筆にあたって、日本の神話についていろいろ調べてみたのですが、これが本当に面白くって。日本の神話って結構あやふやな言い伝えも多くて、そのあやふやさが気持ちいいなと思いました。すごく偉い神さまとして書いても、威光のない神さまとして書いても成立するような懐の深さがある。
なかでも思金神という神さまが、飛びぬけてキャラが立っていたので、すごく助かりました。
——オモイカネさんですね。作中でも言及されていますが、岩戸に隠れた天照大神に扉を開けさせるために、扉の外で踊って騒ぐという案を立てたのが思金神なんですよね。
河野 天岩戸の解決策って、そんなに賢いやり方には思えないじゃないですか(笑)。けれど思金神は策略家で頭のいい神さまだとされていたので、他に何をしたのか調べているうちに「国譲り」のエピソードが見つかって。これもパッとしない作戦で成功させていたので、私の中ではっきりキャラが立った。最大の利益を得るためには、作戦遂行の過程で自分が汚名を被ることもいとわないという印象で一本筋が通ったので、物語に登場させやすかったです。
——恋人たちに呪いをかけた水神のイチさんは、播磨五川を統べていたけれど、暴れまわったため封印されていたという。イチさんはオリジナルの神さまですよね?
河野 はい、恋人たちに呪いをかける神さまなので、扱いが難しくてオリジナルにしました。
人間の罪を裁く神さまはいないかと探したんですけれど、日本の神さまは「裁く」という行為とは縁遠いんですよね。それよりどこか八つ当たり的に暴れている雰囲気があって、そんなコミカルさをイチさんに投影しています。
他はすべて日本神話の神さまです。伊和大神は、今でいう姫路から城崎あたりまで、他の神さまと闘いながら川を上っていったという言い伝えがあります。その時の川が播磨五川のひとつだということで、イチとの関係を作っていきました。
——小神たちも集まって、杏たちと知恵比べを始める寄り合いの場面は、私の中ではジブリアニメのような映像で脳裏に浮かびました。
河野 ああ、それが一番合いますよね。特に『千と千尋の神隠し』の神さまのイメージは強烈ですからね。そう言われてみれば、私もジブリ作品のようなイメージであのシーンを書いていた気がします。
読んでいるだけで幸せになる文体を目指した
——そこからまたてんやわんやの末、終盤でタイトルの言葉が出てきた時に、「あああっ」となりました。これは絶対に、もう一回頭から読み返したくなります。そして読み返すと、「あ、ここにこんな伏線が!」という発見の連続で。細心の注意を払って書かれたのではないかと思ったのですが。
河野 いえ、実はそんなことないんです(笑)。ミステリーではないし、楽しく読めるなら途中で仕掛けがわかってもいいのかな? と、連載を終えたところで編集さんに相談したぐらいで。単行本では物語の頭でネタを明かしてもいいんじゃないですかって。そしたら、「いや、後でわかったほうが楽しいですよ!」というお返事だったので。
——よかった(笑)。おかげで、読者にとっては二度美味しい小説になりました。「こういうことかな?」と気づいても面白く読めると思いますし。
話の主軸とはまた別に、くすっと笑える場面がたくさんあるのも魅力ですよね。私は杏たちが童謡「どんぐりころころ」の三番を自作する場面で笑いました。
河野 あのシーンは、自分でも何してるんだろうと思いながらものすごく真面目に考えたので、気に入っていただけてよかったです。「どんぐりころころ」の歌詞は「ころころ」という擬態語を使いこなすのが本当に難しいんですよ! オリジナルはすごくよくできているんだなと感嘆しました。
——もう、楽しすぎます。全体的にコミカルなテイストですが、文体のリズムやテンポなどはかなり意識されましたか。
河野 めちゃめちゃ意識しました。さきほど、ただ楽しく読める小説を探して本棚を見渡した話をしましたが、そのうちの一冊は、森見登美彦さんの『夜は短し歩けよ乙女』でした。そこからの影響はかなりありますね。「くすっと笑える」という意味でも、レトロとモダンを混在させた文体という意味でも。影響を受け入れた上で、自分なりの軽やかさやリズム感を追求してみた感じです。
書いている間、自分でも純粋にとても楽しくて。結果、これまで書いてきた小説で一番、ひとに読んでもらいたい作品になりました。