1999年生まれの作家、波木銅さん。大学在学中の2021年に『万事快調〈オール・グリーンズ〉』で第28回松本清張賞を受賞し、鮮烈なデビューを飾りました。そのデビュー作が、南沙良さん・出口夏希さんのダブル主演を迎え、児山隆監督の手によって映画化され、2026年1月16日に公開されました。
映画公開に先立ち、新刊『順風満帆〈クラウド・ナイン〉』を上梓した波木さんに、デビュー作の映画化、そして最新刊に込められた想いについてじっくりとお話を伺いました。
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生々しいラップシーンに胸をうたれた
――映画『万事快調〈オール・グリーンズ〉』が公開されました。ご覧になっていかがでしたか?
波木:端的に言ってめちゃめちゃ素晴らしいです。全篇素晴らしいんですけど、初見時に一番気持ちが上がったのは、映画のタイトルが出るところですね。東海村のとある交差点で主人公の3人がある会話をするシーンなんですが、映画がそこから一気に動き出します。
――「このタイミングなんだ!」と驚きがあっていいですよね。ほかに印象的なシーンはありますか?
波木:やっぱり、朴秀美がラップをするシーンですね。作品の舞台である茨城県東海村にある東海駅で撮影が行われていて、その場所の雰囲気というか空気みたいなものがばっちり捉えられているなと。すごく生々しいというか。南沙良さんの熱演に胸をうたれました。
――作品が映画化されるのが一つの夢だったとお聞きしましたが、実際に映画化されてみていかがでしたか?
波木:小説の映画化って、原作のストーリーラインとかセリフを忠実にそのまま再現しても、あんまり面白いものにはならないんじゃないかなって思ってまして。今回は、原作の要素を活かしつつも、映画として良くなるように膨らませたり、再解釈していただいたりしてるところがたくさんあるんですけど、それが本当に全部うまくはまってるというか。かなりパワーアップしているなと。ほんとうにうれしいです。
ヒップホップのかっこよさを書きたかった
――映画公開に先駆けて、12月に波木さんの最新刊『順風満帆〈クラウド・ナイン〉』が刊行されました。こちらは『万事快調』のスピンオフ短篇を含む独立短篇集です。ここからは収録作について伺ってまいります。まずは表題作であり『万事快調』のスピンオフである「順風満帆〈クラウド・ナイン〉」から。
舞台は『万事快調』と同じく茨城県の東海村。教育実習で地元の中学校に戻ってきた女性・結海が主人公です。ひょんなことから始めたフリースタイルラップのイベントで、彼女が担当するクラスの問題児・柴と出くわしてしまい、しかも2人でラップバトルをする羽目になる……というお話です。この作品はどうやって生まれましたか?
波木:『万事快調』のスピンオフということで、原作では書かなかった、書けなかったことをやろう、というのが最初の構想としてありました。まず、ヒップホップ。『万事快調』でも題材として取り上げましたけど、あんまりヒップホップとかラップのかっこいい面を描けなかったなと。それは意図的な部分もあるんですけど、だからこそ今回は、正統的な、ラップをする楽しさとか、ヒップホップのかっこよさ、何か前向きなエフェクトを自分自身や他者に与える側面を書けたらなと思いました。
――作品はラップバトルイベントの様子から始まります。そしてラップバトルのリリックがすべて記述されていきます。全部で5試合分のリリックをお書きになっていますが、これはけっこう大変だったんじゃないでしょうか。
波木:そうですね。8小節4本で、先攻・後攻に分かれて交互にラップし合うっていう、日本のMCバトルシーンの主流なルールがあるんですけど、それをそのまま踏襲して、実際のバトルで交わされるフリースタイルラップをそのまま全篇載せる、というチャレンジでした。ラッパーそれぞれ属性も違えばラップのスタイルも違って、それを文字だけで表現するのは難しかったですが、楽しくもありましたね。イベント参加者の一人として『万事快調』の主人公の朴秀美を登場させたんですが、映画で南さん演じる朴のかっこいいラップを見ていたので、書くのにも気合いが入りました。
デビュー当時の不安定な自分、コロナ禍特有の流行
――では次に「ラッキーパンチ・ドランカー」という短篇についてお聞かせください。こちらは2022年6月号の「小説新潮」で発表された作品ですね。
波木:これはボクシングを題材にした、言ってしまえば、ラブストーリーですね。タイトル通り、ラッキーパンチでプロ選手になってしまったボクサーのお話で、自分の才能に自信はないけれど、ボクシングをやめるわけでもなく、続ける強い意志があるわけでもない、という不安定なところのある主人公と、その理想の恋人の話です。
――デビューしてすぐの頃に書かれた作品かと思いますが、当時のことは覚えてらっしゃいますか?
波木:今思えばですけど、この主人公の「自分はラッキーでプロになったんじゃないか」みたいに悩んでいる心境が、作家としてデビューして、これからどうすればいいんだ、みたいな当時の自分の心境を反映してるんじゃないかなと。安定を取るか、今いる快適な状況を捨てて新しいところに飛び込むか、どちらかを選ぶことになった主人公を書こうとしたんだと思います。
――3篇目の「結局のところ、わたしたちはみな」も同じく2022年の発表ですね。「オール讀物」2022年6月号掲載です。アルバイト先の居心地の悪い飲み会に参加している主人公が、喫煙所で一緒になった同僚と話すうちに、彼が猫を飼ってもいないのに“猫との暮らし”をエッセイ漫画として描いている、ということを知る。そしてそこから主人公もちょっとした行動を起こす、というお話です。これはどういうところからスタートしたんですか?
波木:これが作家デビューして一番最初に書いた短篇です。題材として面白いものが書けたらなと思っていて、この当時、コロナ禍の真っ只中だったんですけど、作中にもそういう描写がちょくちょく出てきます。主人公はネットの個人ブログでお悩み相談みたいなことを始めるんですけど、当時そういうのが流行ってたというか、結構ネットを席巻してたんですよね。それを書いてみようと。ネットの嫌な部分みたいなのを茶化すというか、題材にしつつ、お悩み相談を見る人、書く人の心境を考えてみたら、面白いものになるんじゃないかなと思って書いていきました。
――まさに“あの時の空気感”が描かれていますよね。
波木:このインターネットの描写とかも、今見るともうリアルタイムではないというか、やっぱり数年前のトレンドだなっていう気はするんですけど、それを数年経った今読んだら、また違った視点で見れるんじゃないかなと思います。
「裁縫は暴力の逆なんだ。だから好き」
――4篇目は「フェイクファー」。こちらは2023年2月号の『オール讀物』に掲載されました。恋愛小説の特集の中の1本として書かれた作品ですね。
波木:手芸サークルで着ぐるみを作ったり着たりした大学生時代を思い出すお話です。サークルのメンバーが一人、着ぐるみを着たまま死んでしまったらしい、という知らせを受けて久々に当時の仲間たちと集まることになる、という筋です。
――着ぐるみというモチーフはなぜ?
波木:カルチャーとして面白いし好きなので、題材にしてみたいと思ったんですよね。着ぐるみという概念自体の面白さというか、誇張された可愛さみたいな、ある種の不自然さみたいな、そういうところが好きで。あと、この話の構造は少しミステリーを意識しています。別にトリックとか解答があるわけじゃないんですけど、ミステリー構造を作るのにも題材として合ってるなと。
――その謎にも関わってくると思うんですけど、この作品の最初の1行が素晴らしくて。「裁縫は暴力の逆なんだ。だから好き」。すごくいい一文ですよね。
波木:ありがとうございます。
短篇集全体に共通する空気感
――最後が「楽園ベイベー」です。2023年6月号の『オール讀物』に掲載されました。いじめられっ子の小学生・かいりが、突然現れた〈美容師兼探偵〉を名乗る謎の女性・らいかに助けられるところから始まります。彼女は、その辺に捨ててあった掃除機をブンブン振り回していじめっ子たちを退治しちゃうんです。そんなかなりぶっ飛んだバイオレンスなシーンから幕を開ける、エネルギーに満ちた一篇です。タイトルは、もちろん、あれですよね。
波木:そうですね、RIP SLYMEさんの楽曲からお借りしています。
――タイトルは最初に決まってたんですか?
波木:結構最初に決まってましたね。こういう話を書こう、っていう時にはもう、あの曲が流れてました。
――どこから着想した作品なんでしょうか。
波木:まず、美容師に興味があって。美容師ってすごい面白い仕事だなと。刃物をいじりながら軽妙なトークをするってすごくないですか? 散髪って、ワンミスが命取りじゃないですか。だけど、切っている時はシリアスな感じを全然出さない。カジュアルに接客もしながら進めていく。その振る舞いがすごく面白いというか、自分には絶対できないことだし、興味深いなと。
――この作品、なかなか面白い終わり方をするんです。「えっ、ここで終わっちゃうの⁉」と思う人も多いかもしれません。もっと先を読みたい気もするし、でもここで終わってるから気持ちいい気もする。ここからこそ物語が始まるんじゃないかっていう余韻が、なんだか切なくもなる。このラストは最初から決まっていたんですか?
波木:そうですね。まさにその通りの意図のエンディングです。主人公は推理小説が好きで、自分が直面する謎にワクワクしていたりもするんですけど、でも結局、自分はこのミステリーの主人公になることはできなかった、っていう終わり方なんですね。
――フィクションだとしたら、ここからもっと面白くなるはずなのに、ここで終わっちゃうの? っていうのを主人公自身も思っている。
波木:はい。
――自分の人生を俯瞰してフィクション的に捉える見方って、現代だとあるあるなのかなという気がして、その辺りも皮肉が効いているなと思いました。
波木:そういうテーマとか雰囲気は、この短篇集全体に共通している空気感かなと思います。
世界に希望は持っていますか?
――この短篇集『順風満帆〈クラウド・ナイン〉』ですが、松本清張賞の後輩にあたる井上先斗さん(第31回受賞者)が、すでに読んでくださっていて。「今年読んだ新刊本の中でも最上位と感じる短篇集」とXでポストしてくださっています。
波木:ありがとうございます。
――井上さんに「波木さんに聞きたいことありますか?」と尋ねてみたんです。そしたら、こうおっしゃいました。「波木さんは、世界に希望は持っていますか?」
波木:ええっ……。重たい質問ですね。
――井上さんも波木さんも、この世界の“クソさ”みたいなことを作品の中で取り上げてらっしゃると思うんです。井上さんは、そのクソな世界に対する向き合い方に波木さんと自分とでは違いを感じると。波木さんは、真っ向からひっくり返そうとするより、一旦それに乗っかって裏をかいていくような感じがある、というようなことをおっしゃっていました。
波木:そうですね……やっぱり順応してもいけないし、かといってニヒリスティックになり過ぎてもいけないと思うんですね。だからこう、折り合いを見つけて、どうにかこの隙間をかいくぐっていくっていうのは、結構自分の中にあるスタンスかなと思います。
――それは作品作りにも影響してきますか?
波木:そうですね。これまで当然とされていたような常識とかルールとか、そういうのがひっくり返る瞬間、そういうものが意味を持たなくなる瞬間っていうのが一番面白いと思うんですよ。だからそういう瞬間を切り取っていきたいなと思っています。
波木銅(なみき・どう)
1999年、茨城県生まれ。大学在学中の2021年、『万事快調〈オール・グリーンズ〉』で第28回松本清張賞を受賞しデビュー。他の著作に『ニュー・サバービア』がある。











