小説とは、大きな海のようなもの
——これまでの小説はひとに読んでもらわなくてもいいと思っていたのですか、と訊きたくなりますが……。
河野 自分の中に、作家としての私とプロデューサー的な私がいて、プロデューサー的な私としては、もちろん読んでもらいたいです。けれど作家としての私はどこかで、誰にも読まれなくてもいいと思っているところがあった。作家と小説って、どうしても一対一の関係で完結しているところがあって、ともすれば、自分が納得する作品が書けたらそこがゴール、となってしまう。
でも今回、作家としての私が、みんなに読んで欲しいと思った。読んでくれるみなさんの顔を想像したんです。自分ではないひとがこの小説を読んだ時にどう感じるのか、これまでとは比べものにならないくらい考えましたし、自分の意識が外に開けてきたという感覚がはっきりありました。
——それは今後の作品の在り方にも大きな変化がありそうですね。
河野 そうですね。変わったというか、広がったというか。
私は根っこでは、小説は作者のエゴによって生み出されるものであって、そのためにはテーマが必要である、と考えています。どこまでエゴイスティックに作品を練り上げられるかが小説の本質だと信じています。だから私は、自分の信じる正義や倫理を主張するための物語を書きがちだったんです。
たとえば『昨日星を探した言い訳』や『君の名前の横顔』は、最初にテーマをきっちり決めて、そのテーマをキャッチーに伝えられるような展開を考えていきました。特に『昨日星を探した言い訳』はそうした手法を徹底して、これこそが私の小説の作り方なんだという手応えもあった。
でも、読者としての自分を思い返してみると、テーマから離れたところで物語にワクワクした経験がたしかにあったはずで、エンターテインメント性を小説の本質のひとつとして無視してはいけないという思いも年々強くなってきているように思います。
——なぜ河野さんの中で、そのような変化があったのでしょうね。
河野 それはおそらく、テーマ重視のエンタメ小説がここ十年で世の中にあふれてしまった、という危機感があるからです。かつては、テーマに対して真正面から向き合うのは純文学の役割で、エンタメ小説は純粋な面白さで勝負するものが多かった気がするんです。少なくとも私が大学生のころ、伊坂幸太郎さんや森博嗣さんの作品を語るときに、ことさらテーマ性を重視するということはありませんでした。エンタメ小説においては、私が理想としているような、テーマを前面に出して主張する作風は傍流に過ぎなかった。でも最近は、昔であれば純文学が扱っていたようなテーマをマイルドにしてエンターテインメント作品にした小説が本流になりつつある気がしています。
——たしかに最近のエンタメ小説は、何も考えずに読んでひたすら楽しい作品より、痛切なテーマをこめたものが多いかもしれません。
河野 いろんなテーマの本が並んでいるなら、それはそれで素敵なことです。でも、小説内で扱われるテーマ、それ自体にも偏りが生まれている印象があります。SNSの普及による影響も大きいのでしょうけれど、「このテーマは社会的に正しい」「このテーマはみなが考えるべき」というジャッジは、現実世界にはたしかに存在しているのかなと。ただ、それがそのまま小説の世界に持ち込まれてしまうと、取りこぼしてしまうものがある。というか「正しいテーマ」ばかりを追い求めてしまうと、小説というものがニッチなものになって、読むひと自体減ってしまうのではないかと思います。
小説って本来、もっともっと広い、大きな海のようなものなんじゃないかと思うんですよ。砂浜から眺めて海面が美しい海に多くのひとが集まるように、まずストーリーやキャラクターだけで「面白い!」といえる小説が業界の主役でいる方が、大勢のひとが本を読もうという気になるはずなんですよね。その面白い小説に守られた水面下のディープな世界まで潜ってはじめて、一部の小説が思いきり自分の考えを主張しているのをみつける。——一冊の本ではなく、小説の業界全体でみれば、こんな状況が理想だと思います。
でもなんとなく今は、「受け入れられるテーマ」をしっかり主張する小説の方が届きやすい印象があり、ちょっと危機感を覚えています。そもそも純粋なエンタメとして本を売るのが難しい時代なのかなと思うのですが、それでも小説は面白いと信じている身からすると、まっすぐ娯楽性だけで勝負する本を作りたいな、と。
なんて、ちょっと喋りすぎたでしょうか(笑)。
——いえいえ、深いところまでお話しくださってありがとうございます。いろいろ気づかされることが多くて、今、グサグサきています。
それにしても、今後、河野さんはいったいどのような作品を書いていかれるのでしょうね。純粋なエンタメ作品になるのか、ご自身が小説と一対一で向き合った作品になるのか……。
河野 しばらくは、開かれたエンタメ作品を目指したいと思っています。もちろん、どこかでまた一対一の関係で深掘りしていく作品にも挑戦すると思うのですが。
具体的な今後の予定としては、今年の夏に『昨日星を探した言い訳』を文庫化して、新潮文庫nexの『さよならの言い方なんて知らない。』の八巻を出した後、たぶん、KADOKAWAさんから単行本が出ます。
次の作品も、テーマ性よりエンターテインメントに振り切ったものを作ろうと最初は意気込んでいたのですが、考えているうちにどっしりとしたテーマが中心に据えられた設定になってきました。目下葛藤中です。
——どんな内容なのか気になります。
河野 数学者とヴァンパイアの話で、『愛されてんだと自覚しな』よりは、全体のタッチがシリアスなものになりそうです。その小説のために今は数学者について調べているところです。
こうの・ゆたか 1984年徳島県生まれ。2009年、角川スニーカー文庫より『サクラダリセットCAT, GHOST and REVOLUTION SUNDAY』でデビュー。15年、『いなくなれ、群青』で第8回大学読書人大賞を受賞。20年、『昨日星を探した言い訳』が第11回山田風太郎賞候補となる。22年、『君の名前の横顔』で第3回読者による文学賞を受賞。「サクラダリセット」シリーズ、「つれづれ、北野坂探偵舎」シリーズ、「階段島」シリーズ、『ベイビー、グッドモーニング』など著書多数。23年5月、最新刊『愛されてんだと自覚しな』刊行。
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