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テレビ草創期に活躍した<br />「爆笑王」柳家金語楼

テレビ草創期に活躍した
「爆笑王」柳家金語楼

文・写真:「文藝春秋」写真資料部

 三島由紀夫(作家)、桑野みゆき(女優)、土橋正幸(プロ野球投手)らと並び、「オール讀物」昭和三十八年(一九六三年)一月号で「赤ちゃん時代」の写真とともにグラビアを飾った柳家金語楼。父は落語家の三遊亭金勝。明治三十四年(一九〇一年)、東京・芝区に生まれた「爆笑王」は、このとき六十二歳、生後六ヶ月の写真とともに、こんな感慨を述べる。

〈幼時の緑の髪も二十二歳で跡かたなく消え一足飛びに老年へ……/しかし人間の体は割にモチのいいものですナ パリっとした外車でも六十年は持ちますまい〉

 六歳で初高座を踏み、七歳で落語家の鑑札を受けた天才少年は、二代目三遊亭金馬の一座に加わり旅回りの日々を送る。大正十年(一九二一年)には甲種合格して朝鮮羅南の歩兵七三連隊に入隊。このときに発症した紫斑病がもとで頭髪が抜けてしまうが、禿頭を逆手にとって、兵隊落語で一世を風靡する。のちに、柳家金語楼と改名した。

 三十代からは喜劇俳優としての活躍が増え、昭和十七年には落語家の鑑札を返上。戦後、テレビ草創期から、紅組キャプテン水の江滝子とともに白組キャプテンとして大人気を博したクイズ番組「ジェスチャー」をはじめ、「こんにゃく談義」「おトラさん」などに出演し、広く親しまれた。

 昭和四十三年から四年間、日本喜劇人協会会長を務める(後任は森繁久彌)。昭和四十七年十月二十二日、七十一歳で死去。平成二十三年(二〇一一年)、同じく七十一歳で没した「ロカビリー三人男」の山下敬二郎は実子である。

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