2013.11.19 書評

セブン‐イレブン流経営書の新境地

文: 勝見 明 (経済ジャーナリスト)

『売る力 心をつかむ仕事術』 (鈴木敏文 著)

 著者の鈴木敏文氏は、海外を含めたグループ総売上高九兆円の巨大流通企業、セブン&アイ・ホールディングスを率いる経営トップ(会長兼最高経営責任者)だが、本書には異分野の人物が次々登場する。ざっと名前をあげると、秋元康氏(作詞家・プロデューサー)、佐藤可士和氏(アートディレクター)、牛窪恵氏(世代・トレンド評論家)、鎌田由美子氏(JR東日本「エキュート」立ち上げ人)、小菅正夫氏(前旭山動物園長)、楠木建氏(『ストーリーとしての競争戦略』の著者・経営学者)……等々の顔ぶれだ。

 鈴木氏は年4回発行されるグループの広報誌『四季報』で毎回、各界で活躍する著名人をゲストに招き、対談を行う。本書は、この5年ほどの間の主なゲストから聞き出したエピソードや経験談を随所に織りこみながら、売り方の達人が「売る力」をテーマに語るビジネスエッセーといった趣だ。

 顧客が求める「新しいもの」を生み出すための発想法から始まり、顧客は何を求めるか、「答え」は顧客の心理のなかにあり、売り手自身も顧客としての心理をもってことを示し、その顧客心理の特徴を解き明かす。そして、顧客のニーズに応えるため、売り手としての日々の取り組み方へと落とし込んでいくシンプルな構成だ。

異分野人材とのジャムセッション

 人のものまねをしても、「2匹目のドジョウ」はあまり売れないという話のなかでは、秋元康氏の「ひまわりがブームになっているときには、たんぽぽの種をまこう」との発想法が紹介される。セブン&アイグループのプライベートブランドの高級版で、鈴木氏発案の「セブンゴールド」の売り上げが好調という話のなかでは、週末の食事で「プチ贅沢」をする「メリハリ消費」や「ごほうび消費」のトレンドが牛窪恵氏の読み解きとして示される。鈴木流経営学と異分野人材の話とのジャムセッション的な展開により、その都度目先が変わり、飽きさせない。

 企業経営者ながら、鈴木氏が多様な分野の人々と“サシ”で対談ができるのは、経済人である以前に“信念の人”だからだろう。その信念もさまざまな鈴木語録で表現される。売り手の立場で「顧客のために」と考えるのではなく、常に「顧客の立場で」考える。真の競争相手は同業他社ではなく変化する顧客のニーズである。プロとしての過去の経験より、「素人の目線」を大切にする……等々。一般的な常識や通念とは異なる発想から、「逆説の経営」と呼ばれたりもする。

 なぜ、一般通念と異なるのか。売り手の都合と買い手の都合はしばしば対立する。そのとき、売り手にとっての「当たり前」ではなく、顧客にとっての「当たり前」を徹底して実行する。それが鈴木氏の追求する「あるべき姿」であり、この信念を印象強く伝えるため、あえて逆説的な表現を使うのだ。

 鈴木氏によれば、売り手にとっての「当たり前」は、理屈で考えたものが多いという。「心理の世界にいる顧客に理屈の世界で接してはならない」と説くなど、顧客の心をつかむための、鈴木流の売り方の極意が披露される。

 本書の巻末でも触れられているように、米ハーバード・ビジネス・スクールでも「営業」の授業はほとんどない。

「それは、『売る力』を説くのが難しいからではなく、常に『顧客の立場で』考え、『当たり前』のことを当たり前に実行するという実にシンプルな原理に行き着くからではないでしょうか」と鈴木氏は語る。「売る力」は、やはり、優れた実践家が説く極意や真理から学び取るものなのだろう。多彩な人材とのコラボにより、読み物としても十分に楽しめるようにし、鈴木流経営書の新境地を開いた点も「新しいもの」を求め続ける著者らしい。

売る力
鈴木敏文・著

定価:770円+税 発売日:2013年10月18日

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