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『イン・ザ・ブラッド』解説

『イン・ザ・ブラッド』解説

文:酒井 貞道 (ミステリ評論家)

『イン・ザ・ブラッド』 (ジャック・カーリイ 著 三角和代 訳)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『百番目の男』は読んだ者を驚倒させずにはおかない、前代未聞、空前絶後の真相が用意されているのだが、そのあまりの飛び道具っぷりに、本邦での刊行当時は《バカミス》と喧伝(けんでん)されることが多く、あの真相の並外れた衝撃のみがクローズアップされる傾向があった。その結果、カーリイの、真相へ至る筋道の付け方──伏線や構成のことだ──の見事さが半ば無視されるような形になってしまったのである。『百番目の男』のような種類の真相が、カーリイのその後の著作に(少なくとも現時点では)現れていないこともあって、これは実に具合が悪かった。その点、本格ミステリ作家クラブが『デス・コレクターズ』を選択したのは、意義深く、またクラブの見識を示すものとして、高く評価されてよい。

 しかしそれだけでは、ここまでの支持は得られなかったような気もする。PSITシリーズが人気を得たのは、恐らくここに、主人公カーソン・ライダーの魅力が加わったからであろう。このシリーズは、主人公の遍歴を描くサーガという性格も有しているため、彼に魅力が感じられるかは、シリーズ全体の成否を分ける重大な分岐点となる。そして結論から言えば、カーリイは、ここを見事に切り抜けている。

 カーソンの実兄ジェレミーは父を殺しその後も女性を殺害した連続殺人鬼として収監され、カーソン自身はその過去を隠して警察官となっている。そしてサイコキラーが起こしたと思われる事件を捜査するに当たり、カーソンはジェレミーのもとへ密かに面会に訪れて、助言を求めることがある。この陰のある設定が、カーソンの連続殺人事件への思い入れの根幹にあるし、時々大変重苦しい空気に包まれる原因でもある。ただし、カーソンは近しい人にジェレミーが実兄であることを伝えており、全てを完全に自分で抱え込んでいるわけではない。それどころか、一人で抱え込む度合いはシリーズが進むにつれて弱まり、仕事上の相棒であるハリーとの信頼関係は深まる一方に見える。

 またカーソンは恋人を作品ごとに変える。推理小説のシリーズの主人公にしては異例なぐらい、恋愛面では落ち着きがないと言い得るのだが、別れる理由が女性の方にあることも多く、責任をカーソンにのみ求めるのはちょっと違うような気もする。カーソンと彼女たちの付き合い初めと別れ話は、毎回、なかなか味わい深いシークエンスを提供してくれる。交際の安定期や倦怠期が描かれることがほとんどないのは残念だが、ストーリーの本筋が毎回、残酷かつサスペンスフルな連続殺人事件である以上、主人公の日常的な恋愛模様を悠長に描写し続けるわけにもいくまいから、これはさすがにないものねだりである。

 いずれにせよ、シリーズとはいえカーソンと周辺人物との人間関係が固定化されず、深まったり途切れたりする様は、まさに実人生そのものである。先にカーリイは物語全体の構成にこだわっている旨を述べたし、それだけではなく登場人物のセリフがウィットに富んでいるとも述べたが、それだけでは小説の質感は非常に生硬になってしまったはず。主人公カーソンが、ジェレミーという特異な人物が兄というケレンたっぷりな肉親関係を設定されつつも、ちゃんと血と肉を持った人間としてまっとうに描かれていることのメリットは、測りしれないものがあったのではないだろうか。

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イン・ザ・ブラッド
ジャック・カーリイ・著 三角和代・訳

定価:830円+税 発売日:2013年10月10日

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