[第12回高校生直木賞レポート]語るべきことの決して尽きない時間の中で

高校生直木賞

高校生直木賞

[第12回高校生直木賞レポート]語るべきことの決して尽きない時間の中で

文: 伊藤 氏貴 (明治大学文学部教授・高校生直木賞実行委員会代表)

 今回で12回目を迎えた高校生直木賞。2025年度は全国47の高校でまず議論が行われ、4月に4つのグループに分かれての地方予選、そして5月の日曜に代表生徒が東京に集まって全国大会が開かれた。

 前期と後期2回分(1年分)の直木賞候補作の中からノミネートされた作品は、第171、172回の直木賞候補作から、荻堂顕『飽くなき地景』、伊与原新『藍を継ぐ海』、一穂ミチ『ツミデミック』、麻布競馬場『令和元年の人生ゲーム』、月村了衛『虚の伽藍』の5作品。これらについて、高校生たちが議論して、最終的に「高校生直木賞」一作を選ぶ。学校予選、地方予選、全国大会のどの段階においても、大人は議論に一切介入しない。自分たちだけでとことんまで話し合う。

 学校予選はそれぞれの高校によって異なるだろうが、総合の時間を16時間使うところもあるという。そこから地方予選と全国大会、あわせて7時間以上。これだけの時間をかけて、ある作品を読みこみ、語りあうという経験をしたことのある高校生が一体どれほどいるだろう。いや、大人でさえも。

 彼らの熱い議論のごくごく一部を以下にお届けする。これだけでも、彼らの真剣さと、それによって研ぎ澄まされてゆく読みの深さとが垣間見えるだろう。

第12回高校生直木賞全国大会の模様

荻堂顕『飽くなき地景』

『飽くなき地景』(荻堂 顕)

・長編で盛り上がりが多く、飽きない。時間をかけて読みたい作品だし、大人になってからも読み返したいと思えた。

・オリンピックや不動産の歴史的背景が勉強になる。主人公の人生を通して様々な考え方を吸収できる。伏線回収もしっかりしていて物語として完成していた。

・前半は主人公がまだ大学生で視野が狭く世間知らずに思えたが、後半、社会に出て行くにつれて、青臭さが減って成長がうかがえた。自分たちも社会人になって読み返した時、より深く本書を理解できるかもしれない。今は難しくても、こういう作品を高校生のうちに読んでおく意味はある。

・この本の主人公は刀を背骨として人生を生きている。自分も何か一本の背骨となるような大切なものを見つけたいと思った。

・長い物語を通して、主人公は一貫して弱く、自分本位な人間である。だが、この一貫性こそがリアルな人間像のように思え、むしろ共感が高まった。

・東京の風景の中に刻まれた人々の記憶と欲望を掘り起こす作品だ。巨大な力の前では、個人や家族がいかに小さいものかという現実と、同時に、それでも泥臭く何かを残そうと抗う主人公の姿に見える人間の矛盾、悲しみが読み取れた。全体的に静かなトーンだが、しかし強い何かを読者に投げかけている作品だった。

・読む側の知識の差によってすごく反応が変わる一冊だ。オリンピック選手が出てくるところで、この人物面白そう、とわくわくしたが、モデルになった人物に心当たりがあると、この先どういう結末をたどるかを知っているから、先を読むのが恐ろしくもなる。他にも近衛文麿など有名な歴史上の人物の名前が出てきて、知っているか否かで感想がガラッと変わる点が、他の作品とは違っていた。

・たしかに難解なところも多い。最後に出てくる祖父の和歌の解釈も自分にはわかりにくかったが、調べたら山吹は実をつけないため昔から「子孫が途切れる」という謂われがあるらしい。つまりこれは考え方を継いでくれる人が途切れてしまう哀しさを表しているのではないか。

伊与原新『藍を継ぐ海』

『藍を継ぐ海』(伊与原 新)

・普段生活している中でなかなか得られない新たな出会いを経験できる本だと思った。地質学、自然科学について知ることができるし、日本の地方、長崎のことなどを考えるきっかけにもなる。また、短編集ということもありすごく読みやすく、読書慣れしてない人に薦めやすい。

・表紙も美しいが、なにより美しい言葉で紡がれている本だと感じた。読後感がいいのは、自然も人も丁寧に描かれているから。最後に無理なオチをつけず、無責任でない希望や救いを与えてくれる温かさがある。全編を通して、明日に対して前向きな気持ちにさせてくれる本だ。

・原爆をテーマにした収録作は、点と点が線に繋がるような展開があり、読み進めるのがとても楽しかった。

・風景描写と人間の重ね合わせがとても綺麗だと感じた。特に長崎と原爆とキリスト教の三角形の構図がとても綺麗で、心に刺さった。

・自然描写が美しく、読み手の五感に訴えてくる。海の青い色とか匂いが感じられる描写があった。

・進路に悩む主人公の話もあり、高校生という立場であれば、誰もが共感して読むことができる。また、科学の描写が丁寧で細やかで、専門用語も多く出てきて、科学と文学の融合のような作品だと感じた。

・本書の軸は、科学、社会問題、人生観の三つあると思う。科学が苦手でも、詳しく解説されていて読みやすい。主人公が前向きに変化していく点がよい。進路に悩む高校生が読むと得られるものがある。科学を日常と結びつけて考えさせてくれる。

・私たちは何とも言えない不安のようなものを抱えて生きているが、世界を眺める時、科学の知識の裏付けを与えてくれるところに安心感をおぼえた。知識として原爆を知ってはいるが経験していない世代の人が、その世代なりに考え、解釈していくことで、歴史を未来に繋げていこうとする姿勢が印象的。高校生が選ぶ賞にふさわしい。

一穂ミチ『ツミデミック』

『ツミデミック』(一穂 ミチ)

・高校生直木賞の選考基準は、今の高校生が共感できる、読んで何かを得られるということではないか。本書のテーマは日常と隣り合わせの犯罪で、非常にリアル。家庭が舞台で、ちょっとしたトラブルが思いも寄らぬ犯罪に繋がっていく短編の構成がすばらしい。

・パンデミックが徐々に進行していく順に収録作が並んでいる。伏線回収も自然で、ずば抜けてリアリティがある。悪い登場人物にも同情できる人間性がある。

・各編の並び順に注目するのは、面白い視点だと思った。雑誌掲載の時点ではその時その時の現実とリンクしていて、本になるとコロナ禍をまとめて振り返ることのできる構成になっているのだろう。短編を一冊にまとめる意義がある。

・現実とリンクした時系列が守られているのは、この作品にしかない特徴だ。コロナはどの世代も迷惑を被ったが、我々学生にとっては、何年生の時にそれが起きたかが重大だった。自分は小学校から中学校までずっとマスクだったし、コロナ後遺症で肺炎にもなった。

・僕は小六の修学旅行や卒業式のタイミングでコロナ禍に入ってしまった。修学旅行は東京に行く予定が地元の遊園地みたいなところに変更されてしまったし、卒業式には家族を呼ぶことができなかった。中学に入ってからも、文化祭、体育祭がちゃんと行われなかった。だから、思うようにいかない状況下で起きた「罪」の話にすごく共感できた。やりたいことができずやるせない気持ちになることが多かった時代を振り返りながら、他人事とは思えず読んだ。

・コロナ前の生活に戻ってきている今だからこそ、当時は当たり前のように思っていたけれど今考えたらすごく怖いことだったな、と懐かしさと同時に恐怖を感じつつ読んだ。

・コロナ禍を小説として記録する意味がある。「ツミ」には「罪」以外に人生が「詰む」という意味もあると感じた。

・コロナはあくまでモチーフであってテーマではない。地方と東京ではコロナ経験が違うし、人によっても読み方は違うだろう。それぞれの人がそれぞれの価値を見出せるところがすばらしい。

・日常の中の小さいリアリティが面白くて読みやすかった。入浴する夫が、シャワーの水流が弱くなるという理由で妻に洗い物をやめさせるとか、子どもが大事なものを鳩サブレーの缶にしまっているとか、生活のディテールと大きなコロナ禍とが自然にからみあっていた。

・ジェンダーという観点もある。『虚の伽藍』も『飽くなき地景』も男性中心の物語だったが、若い自分たちの世代の感覚として、男女の落差によって物語が進んでいくこの作品をこそ賞に選ぶべきではないか。リアルな日常の罪を描いていて登場人物に共感できるし、短編それぞれ、ふわりとした終わり方で、読者に想像の余地をのこしている。

グラレコ©杉浦しおり/谷川潤

麻布競馬場『令和元年の人生ゲーム』

『令和元年の人生ゲーム』(麻布競馬場)

・一番の推しだ。目を引く表紙だし、とにかく読みやすく、特に最初の話が我々の年代の話で入り込みやすい。いわゆる「意識高い系」を見下し、現代社会を風刺していて、表紙につられて買った人に「あなたも沼田みたいに見た目を気にしてこの本を選んだよね」と訴えているようだ。ライフステージに従順な人と、沼田のようにそこから外に出ようとする人との対比が描かれているが、結局、沼田自身も「人生ゲーム」の駒だったように思う。

・沼田とはどういう人間か、校内で意見が割れた。好きか嫌いか、複雑なのか単純な人間なのか。私は沼田が単純で好きだ。彼は愛する人を愛するだけの単純な人間だと思う。

・沼田に対する認識の差が生まれるのはなぜだろう? 連作短編の特定の一作に注目するか、あるいは一冊を通して一人の人間として見るかの違いではないか。実は沼田はまったく変わっていない。「愛は通じなかったですねぇ」というセリフは沼田自身への皮肉でもある。沼田は他人の「人生ゲーム」を見守っているだけの傍観者だと当初は考えていたが、そうではなかった。

・麻布競馬場という著者名からして、社会を競馬になぞらえる俯瞰の視点をもっている。作者は個人でなくあくまで社会的構造に興味があるのではないか。「何者か」になることを求められ続ける社会、資本主義に自分の体を合わせなくてはならない社会では、個人の役割が欠如していて、救いがない。我々はこうした社会的構造や、それを露悪的に冷笑するだけの姿勢に対して断固、抗議していかなくてはならないが、この作品にはその糸口がない。私たちがこれを賞に選んだとして、読んだ高校生に対して責任が持てない。

・自分もこれを読んで、背中からいきなり刺されたように感じた。読後しばらく頭から離れず、いろいろ考えさせられたが、作者は「まさかこの本を鵜呑みにしないよね」と言っているようにも思う。世界をどのレンズを通して見るか、という問題なのかもしれない。

・先ほどの社会と個人に関する批判は、いわゆる「タワマン文学」一般への批判だと思う。この作品は、SNSにいるような人をどこまでもリアルに描いているだけだ。『ツミデミック』は書きたいものが先にあり、それに合わせて登場人物を作っているように感じたが、本書の登場人物は人間として生々しい。だからこそ高校生一人ひとりが未来に向けて生きていくうえで、ひとつの例としてきちんと向き合うべきだ。

・リアルだと言う意見があったが、舞台は都会のエリート大学。地方の高校生たちには無縁の世界で、共感しがたい。

グラレコ©杉浦しおり/谷川潤

月村了衛『虚の伽藍』

『虚の伽藍』(月村 了衛)

・校内の議論でいちばん盛り上がった本。仏教の専門用語はとっつきにくいが、それを通じて見えてくる「人間ってクダラナイ」というテーマがよい。

・くだらない人間を描く小説があってもいいが、ただ堕落だけを描いていて、本書を読んで我々が生き方を変える、何かを考える契機がどこかにある? 不特定多数の高校生に薦めるのは抵抗がある。

・たしかに、メッセージ性とか風刺、皮肉が中心の重いテーマの小説とは違う。だが、小説としての面白さが詰まっていて、本って本来こういうものではないかとも思う。深読みしないで読んでいるだけで楽しい。キャラが魅力的で、悪役もかっこいい。王道の展開だからこそ安心して楽しめる。

・メッセージ性の有無は、読者がどう読むかによる。他の作品に時代の記録としての意味があるように、この作品には寓話的意味を見出せる。エンタメ性は必ずしも寓話性と対立しない。むしろメッセージをより強く伝えるのに役立つ。

・テンポがよい、臨場感がある、浮世ばなれした非日常を描いて独特な味わい、心情描写に仏教用語を用いるユニークさ、余韻を残すラスト、と、推しポイントがたくさんある。

・ふだん接しているSNS的世界、短絡的な世界とは違って、私たちがまったく関わってこなかった世界を知ることができる一冊。こういうものを高校生直木賞には選びたい。他の作品がティックトックのようなリアルな小世界だとすれば、これは映画館で上映されるような壮大な虚構の世界だ。

・闇社会、普段見ることのない裏の世界を描く内容と、表現のユニークさがみごとな両輪となっていた。ダークな内容が関西弁のリズム感よい文章で描かれる。

・関西弁だからポップだ、というのは偏見だ。東京弁をそう言われたら侮辱でしょう。僕ら京都人にとっては単なる日常にすぎない。主人公がとんとん拍子に出世するのは上手くいきすぎだと感じた。

・エンタメ性はいちばん。ドラマチックな純粋エンタメで読者を置いてけぼりにしない。非日常だからこそ読みやすい。ただ、高校生直木賞は文学である必要があると私は考えていて、エンタメ性だけでは足りない。先ほど壮大な映画という意見があったが同感で、この作品も『地面師たち』のように、映像の方がよさを伝えられる。

・たしかに映像化しても面白いかもしれないが、この作品にはラストを含め読者が想像する余地がたくさんある。想像する余白があり、想像しながら自分のペースで読んでいけるメディアは本だけだ。今の時代に小説が生き残るために、僕らは「デジタルにも勝てる」ものを選びたい。『虚の伽藍』はむしろそれにピッタリな作品だ。

グラレコ©杉浦しおり/谷川潤

 決選投票では『虚の伽藍』が最も票を集め、僅差で『ツミデミック』と『令和元年の人生ゲーム』とが同数の二位になった。例年と比べて、支持の高い作品ほど、反対意見も多かった。

 特に『令和元年の人生ゲーム』は意見が真っ二つに割れたが、反対意見も、作品が面白くないというわけでは決してなく、むしろ内容が強烈なゆえの反発であったり、他の高校生への影響を慮ってのものだった。つまりは、それだけ受けた衝撃が強かったということだ。そこには、高校生直木賞とはどのような賞であるべきかという考えの違いも反映されていたように思う。

 大人が介入しないというのは、この点においてもであり、選考基準も高校生たちの議論の中で固まってゆくのがこの賞の性格である。そしてこの、話し合いによって価値基準を定めてゆく過程こそが、彼らを将来のよき読者へと育てるものである。たんなる本好きを超えた目利きへと。

 全国大会をご観覧いただいた文芸評論家の三宅香帆さんが、閉会後に高校生たちに話をしてくださった。「小説を読む面白さの一つは、同じものを見ていても、自分にとってグッとくるところや違和感を持つところが異なることだ。その違いこそが物語を読む意味だ」と言われたが、まさしくこの賞の存在意義を示しているように思われた。

文芸評論家の三宅果帆さん

 結論は出ても、それで語るべきことが尽きたわけではない。議論の中で埋まる違いもあれば、そこで見えてくる新たな違いもある。毎年のことだが、閉会後も初対面の他の高校の参加者といつまでも名残惜しく話を続ける光景が見られた。

 ただ、全国大会は日曜日。その日のうちに飛行機で帰らなければならない高校生もいる。今年は月曜に公休をとってまで参加してくれた地方の学校があった。彼らがそれぞれの高校に帰り、さらによき読者の輪を広げていってくれることを願ってやまない。

 高校生直木賞が今後もそうした輪を広げる一助になればと思う。これまで活動を支えてくれた全てのスポンサー、学校の先生方、実際に運営に携わってくださった方々に心からお礼申し上げるとともに、これからのご協力ご支援をもお願い申し上げたい。

全国大会に参加した高校生たち

(初出:「オール讀物」2025年7・8月号


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