2013.06.18 インタビューほか

サツキにはトトロやネコバスはいつまで見えるんでしょうね(あさのあつこ)

「本の話」編集部

『ジブリの教科書3 となりのトトロ』 (スタジオジブリ×文春文庫 編)

サツキにはトトロやネコバスはいつまで見えるんでしょうね(あさのあつこ)

――あさのさんには文春ジブリ文庫第3弾の『ジブリの教科書 3 となりのトトロ』でナビゲーターをつとめて頂きました。改めてこの作品の魅力についてお伺いできればと思います。

あさの 『トトロ』の場合、風景そのものが主人公のようなところがあって、映画を見ていると“緑”がなぜ綺麗なのかということがわかる気がします。私は田舎に住む人間なので『トトロ』に描かれる風景は私にとっては日常のごく普通の風景なんです。でもこうして作品として冷静に作り上げられたものを見ていると、水と土が混ざり込む独特の匂いや、風の匂い、小さな生き物たちの光り方など、私の現実を別のところから見せてもらっているような不思議な感覚を覚えました。それに『トトロ』という作品世界そのものが外から見た世界だと思うんです。作品の中では緑の存在が「現(うつつ)と現でないもの」の境界線のように映ります。サツキとメイは“外”から田舎へ引っ越してくるじゃないですか。カンタには見えないのになぜサツキにはトトロが見えたんだろう、トトロが彼女に見えたというのはそういうことなのかな、と。そんなことを考えるのが面白かったですね。

――『教科書』のエッセイの中で、この作品をサツキという少女の解放の物語でもあるとおっしゃっています。トトロやネコバスとの交流というファンタジックな物語としての魅力だけではない内面的な魅力について教えてください。

あさの この作品って悪人は誰も出てこないじゃないですか。本当に善の物語であるとは思うんです。でも、この作品ではただ善ばかりではなく、トトロの優しくて本当に癒される風貌との対比で、サツキという少女が抱える重さも浮かび上がっているように思いました。メイにも言えることですが、やはり母が欠落した娘というのが、重しのように作品に存在しているように思います。例えば小学校にメイが訪ねて行って黙ってサツキに抱きつくシーンがあります。本当に良いシーンで、お姉ちゃんと妹の絆みたいなものがすごくはっきりわかるところですけど、あれを観たときに、「ああ、サツキ重いだろうな」って思ったんです。彼女自身、まだ12歳なのに1人の妹が必死にすがりついてくるのを迎え入れなければいけない。彼女自身がその重さに気づいていないところも余計に重く感じたんですよ。だからこそトトロのところで泣くところ、すがるところがすごく良かったなぁって思いました。たぶんトトロという存在に会わなかったら、彼女は潰れていたんじゃないかな。

――子どもの心細さや不安というものが、自然な形で映画の中に満ちていますよね。

あさの 暖かいだけのハッピーエンドな物語では決してなくて、1人の少女が一歩を踏み出していくために、重荷を下ろすためにどうすればいいかみたいな物語だったんだろうなと思います。もちろん、トトロの存在やキャラクターは魅力的です。でも私にとっては、それは小さな理由に過ぎなくて、物語の中に人がちゃんと生きているというところがこの作品の魅力なんだと思うんです。例えばこの物語ではトトロが何者かというのはほとんど語られないですよね。森は俺が守っていてどうのとか、人間に対してどうの、とか。警告をするわけでも、人を罰することも全然なく、ほんとうにそこにいるだけの存在。それがとてもいいな、と思います。最後、サツキをネコバスに乗せるときも、トトロはバイバイって手を振って見送りますよね。それを見たとき、「わー一緒に行かないんだ」って驚きました。でも、もしここでトトロが一緒に乗ってしまうとサツキって1人で歩いていることにならないと思うんです。それがすごく新しいというか、こういう描き方があるんだなあというのを感じました。

 それに、最後にネコバスがすっと消えていくところがものすごく切なくて……。サツキにはトトロやネコバスはいつまで見えるんでしょうね。消えてしまって、もしかしたらサツキにはもう二度と見えないかもしれない。サツキは聡明な子なので、自分がもう見えなくなったっていうのがわかると思うんです。それが切なかったですね。カンタのおばあちゃんのセリフでマックロクロスケのことを『小ちぇ頃には、わしにも見えたが』ってありましたが、どんなに善良に生きたとしても、いつかトトロに会えなくなる、ネコバスが見えなくなる時がやってくる。たぶんそのギリギリの境界線ぐらいに彼女はいると思うんですよ。そういう意味で、子供時代を終えようとしている少女の、ものすごく切ない物語でもあると思います。

ジブリの教科書3 となりのトトロ

スタジオジブリ×文春文庫・編

定価:725円(税込) 発売日:2013年06月07日

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