振り返ってみれば、オール讀物推理小説新人賞を受賞させていただいて、小説書きの末席におずおずと腰を下ろしたのが二〇〇六年の秋のことでした。それから間もなく十年。このたびはちょうどそんな節目に、長編『つぶら、快刀乱麻』を上梓させていただけることになりました。牧村と申します。お世話になっております。
長編はこれで五作目となります。十年間で五作。決して多いほうじゃないのはわかってます。それでも色々なかたがたのお力も借りて、どうにかこうにかここまでやってこられたということに、あらためて感慨を覚えます。もちろん忸怩たるものも感じていますけどね。次の十年は、もう少し胸を張って迎えられるよう、もっと頑張らないと。
さてそんな、自分としても区切りの一冊ですが。
物語の主人公は有村依子。ちょっとばかり特殊な『目』を持っている以外は、ごくごく普通の就活浪人。そんな彼女が、散々だった面接の帰り道、原宿の街で不思議な少女に出会います。依子の目の前で何もない空間に『光る刀』を出現させ、ひったくり犯を撃退してみせた少女。その名は、鷹月つぶら。彼女はいったい、何者なのか……。
もうひとりの主人公は、間瀬和樹。組員七人という小さな暴力団・大道組に入ったばかりのちんぴらやくざ。そんな彼がある日事務所に戻ると、組員全員が殺されていた。外傷もなく、死因はまったく不明なまま。ひとり生き残った間瀬は、調査のために現れた伝説の武闘派やくざ・明神らとともに事件の謎を追うことになります。犯人はいったい、何者なのか……。
交わるはずもなかったふたつの道が交わるとき、日本一のおしゃれタウン(死語)原宿・表参道がバトルコロシアムに変わる。現代の剣豪・つぶらが挑む、怒涛の三番勝負。それを目の当たりにして、ふたりの迷える若者は何を思う……と、まあ。そんなお話。
ちなみにこのところ新作を出すたびに「新境地」と謳っていただいているのですが、書いてる当人にはそんな意識はあまりないんです。特に今回はこれまでやってきたことを全部ひとつの話に詰め込んだ、結果として十年間の作家生活の「集大成」のようなものになったと思っています。美少女、アクション、ミステリー、任侠、SF、ファンタジー、ハードボイルド、青春……なんか混ぜたら危険なものも少し混ざってるような気もするのですが、まあちょっとくらいは大丈夫でしょう。とにかく何でもありの、やりたい放題エンターテイメントです。書いていて楽しいこと、面白そうだと思ったことだけを、余さず全部ぶっこみました。荒唐無稽と笑う人も、漫画じゃないぞと怒る人もいるかもしれません。相変わらず馬鹿だなぁ、と呆れる人もいるでしょう。しかし何と言われようとこれが自分。これで十年やってきたし、次の十年もまた続けていこうと思っているのです。
私にとって小説というのはあくまでも、読んでくださるかたに楽しんでもらうためのもの。そのついでに、書いてるほうも一緒に楽しませてもらうもの。それだけのためのものです。元々高い見識やら、立派な人格が備わっているわけでもなし。世の中に訴えたいこともないし、また私ごときが何かを訴えていいとも思いません。ただある日頭の中に降りてきた変てこなホラ話を、一緒に面白がってもらいたいだけなんです。
だから読み終わったときの感想は、ただ「あー、面白かった!」だけでいい。そのひと言だけが欲しくて書いた小説です。少なくとも、こちらはもう目一杯楽しんで書きました。なので手に取ってくださったかたにも同じように、願わくば書き手と同じくらい、楽しんでいただけたら嬉しいです。
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