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人気俳優が余命1年にかけた人生の証

人気俳優が余命1年にかけた人生の証

「本の話」編集部

『余命1年のスタリオン』 (石田衣良 著)

出典 : #本の話
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

――石田衣良さんの新刊『余命1年のスタリオン』は、がんを告知された中堅俳優、二枚目半の小早川当馬が残された時間のなかで最初で最後の主演映画にかける姿、それと並行して自分の子どもをつくるために奮闘する物語です。

石田 この小説は現在の自宅に越してから企画し、書きはじめたので、舞台がこの近辺、渋谷、目黒の住宅街になっています。また、その頃映画への出演依頼があって、別に俳優になるつもりがあったわけではなくて、映画界の取材を兼ねて引き受けたのですが、監督や脚本家の仕事ぶりを目の当たりにすることができました。華やかな世界に生きていても、実は堅実だったり普通だったりする彼らの姿を描ければいいかなと思いました。

――かつて華やかだった映画界の現状は、今も頑張ってはいますが、日本の現在の姿と重なってきますね。

石田 そうですね。だんだんと縮小していく世界の中でなんとかいい仕事をしようとする。俳優は特殊な世界の職業と感じられるかもしれませんが、今私たちが生きている社会の縮図とも見えますね。プロデューサーと話をすることがありますが、自国の映画でハリウッドと互角に渡り合っている国は少ない中、日本の映画界は健闘していると思います。

――主人公の闘病が大きな柱になっていますが、石田さんの小説の中では珍しい作品ではないでしょうか。

石田 小説にも書きましたが、企業の中にはがんにかかったとわかると退職の対象になったり、住宅の賃貸契約が更新できなくなったり、ということがまだまだあるようです。死因の3分の1ががんで国民病とでもいえる状況ですから、もっとオープンになってもいいのかなと思います。病気は個人的なものですが、がんは周囲への影響も大きく社会性があります。当馬は芸能人であることを生かして、病気のデメリットを逆手にとって自分のメリットにし、主演映画の製作にこぎつけます。なんでも「売れるものは売って」目的を遂げます。そういう意味では芸能人らしいですね。

 ただ最近の日本に蔓延しつつある「愛国」の風潮には懐疑的です。国のためになにができるかとか、絆礼賛とか。大震災と中国の台頭以降、日本人は弱気になったようです。エンタメ小説でも特攻隊や自衛隊賛美のようなテーマが普通になりました。読者に応じて、小説も急に保守化しているようです。小説は本来、最も自由なものであるはずですが、伸びやかさがなくなりつつあるように感じます。『余命1年のスタリオン』を自分で書き読み直して、普通の人が等身大の努力をする物語で安心しました。これくらいが僕自身にはあっていますね。ことさらに熱く語るものよりも、さらっと読んで、大人がなかなかいい本だったな、と感じるくらいの本がいいと思っています。

――抗がん剤治療で「生きるために治療するのではなく、治療するために生きているようだった」という当馬の言葉が闘病の苦悩を伝えますが、自らが、がんであることを公表したことで、他の患者たちを勇気づけることになります。

石田 がんの資料にはもちろん様々目を通しましたし、インターネットの闘病記が参考になりました。当馬は俳優ですから、肺を大きく切除してしまうような手術をしては、容貌も変わってしまいますし、仕事に戻るのは難しい。いろいろ調べていくと抗がん剤を使うしかない特殊な肺がんにいきつきました。現実の治療では、がん細胞が大きくならなければ抗がん剤が効いていると評価されて、薬を替えながら延々と投薬治療が続くようです。副作用には対症療法の薬ができていますから、以前よりは楽になっているというのが現場の考えのようです。その辺はわりとリアルに書いてあるつもりです。

――当馬のとりまき、マネージャーの木内あかね、新人俳優の城戸勇馬たちは、仕事と闘病に立ち向かう当馬の姿を見て自分たちも成長していきます。また、当馬は皮肉なことに病気になって生きる意味を見つけ、生きがいを感じますね。

石田 生死をあまり深刻に扱わないところがいいんだと思います。重大事に考えることもありますが、人は生きているから死ぬんだくらいにさらっと乗り越えている人もたくさんいるんですね。僕自身の最期のときもそうだろうと思っていますよ。当馬も「がん」になったのはもうしょうがないから何か1ついい仕事をして死にたいな、と。日本人に通じる、生死を凌駕する明るさみたいなものがあるのではないでしょうか。

――幸福は「平凡なものだ」と当馬は感じますね。

石田 天気のいい日にぶらっと自由に外を散歩できることを幸福って言うんじゃないでしょうか。地位や富を得ても、気持ちよく感じるのはそういう日常の一瞬のことです。それは世界中一緒だと思います。家族で集まってご飯を食べたり、カフェで友人とお茶をしたり。当馬の1年間の生き方から普通の「幸せ」を考えていただけるといいですね。

文春文庫
余命1年のスタリオン 上
石田衣良

定価:627円(税込)発売日:2015年11月10日

文春文庫
余命1年のスタリオン 下
石田衣良

定価:627円(税込)発売日:2015年11月10日

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