- 2013.02.06
- 書評
彼が本を並べると、本棚が輝き始める
文:高瀬 毅 (ノンフィクションライター)
『本の声を聴け ブックディレクター幅允孝の仕事』 (高瀬 毅 著)
ジャンル :
#ノンフィクション
学生時代、と言っても30数年も前になるが、学校からの帰り道には、必ず毎日、本屋に立ち寄っていた。本屋という空間がとても好きだった。店主の心意気を感じる棚づくりをした本屋は、少なからず全国に存在していた。
ところが、この10年あまり、本屋が魅力的な空間に思えなくなった。本の数量が増え、並べられてから返品されるまでのサイクルも速い。どの書店に行っても、似たような「売れ筋」の本が多くなり、本屋の店頭でトキメキを感じなくなったのだ。手ごろな広さの書店が減り、大型書店が増えて、なおさら拍車がかかった。ネット通販で本を買えるようになってからは、本屋から足が遠のいているのを感じざるをえない。そうした感覚は、おそらく私1人ではないのではないだろうか。
そんな中、魅力的な本棚を“作る”ことを仕事にしている人物と出会った。作るといっても、本棚そのものではない。本を独自の手法で並べ換える=編集と言う意味だ。依頼主からあるテーマで本棚を作ってほしいという注文を受け、それに沿って本を選び、並べるのが仕事である。
幅允孝(はばよしたか)。36歳。肩書きはブックディレクター。あまたある本を自在に操る。少ない時で数10。多い時には万単位の本を並べる。幅の手にかかると俄然本棚が輝きだす。見ているだけで訳もなくワクワクする。発想が次々に湧いてきて、何か楽しい気持ちになる。いったいこの感覚は何なのだ。
そう感じるのには理由がある。棚の分類が、ふつうの本屋とはまったく違うのである。政治・経済、歴史といったテーマ別でもなく、作家別でもない。ノンフィクション、フィクション、新書、文庫といった分け方でもない。たとえば、旅というテーマがあると、これまでの分類の枠を飛び越え、単行本も文庫も、哲学書もマンガも写真集も同じ「括(くく)り」で並べていくのだ。それらは関連しあい、ぶつかりあって、見ている側の脳を刺激してくる。顔=表紙を見せて置いてある本もあり、視覚的にも変化に富み、棚を見ているだけで気持ちが浮き立ってくる。本を取り出し、ページをめくる。そうやって、こっちの棚、あっちの棚を歩きまわり、何冊もの本を抱えてレジへ向かうことになる。ある都心の本屋は、幅に本棚を作ってもらってから客単価は3倍から4倍になったという。
他業種から選書の依頼が殺到
面白いのは、本屋からの注文よりも、本とは直接関係のない業界、職種の所が圧倒的に多いこと。代表的な所だけでも、リハビリテーション病院、美容院、銀行、大学生協、予備校、ダイニングレストラン、自動車メーカーの研究所、美術館や空港の土産物店、オモチャ店、モバイルゲームのコンテンツ企業、百貨店の美容・エステ部門、遊戯機器関連企業など多種多様。電子書籍の端末のメーカーからも、電子書籍用に選書してほしいという仕事がきた。
なぜ、こんなことが起きているのか。依頼主たちは口を揃えてこう言う。
「自社の理念や、仕事のイメージを伝えたい。そのためには、本が最も適していると思えたから」
「1冊の本を書き上げる著者のエネルギーが詰まっている、その質量がすごい」と言う担当者もいた。
本はダメになったのではない。活字がつまらないのではない。ちゃんとメッセージは届いている。
重要なポイントがある。それは、本が漫然と並べられているだけでは、本のメッセージは届かないということだ。1冊、1冊の本が持っている個性、魅力を引き出すように並べられて初めて本棚は輝きだす。そして、本棚全体を通して、ある世界観が醸し出され、その企業独自の個性や商品を、顧客や取引先に伝え得ると、各企業は感じているということだった。また、社員の新しい発想を喚起するためにも幅の作った本棚は有効と見ていた。
無類の本好き。小学生の頃から、近くの本屋で本をツケで注文していた。年間読書量は数100冊に上る。かといって本の虫ではない。本をもとに会話をしたり、1冊の本の魅力や世界を伝えていくことが、幅はもっと好きなのだ。
書店に勤務したことがあり、いかに本が売れないか、本との出会いが難しいかを痛感したという。それだけに、大好きな本と人とが「幸福な出会い」をしてほしい。そのための場やチャンスをどう作るかを考えつづけてきた。
本に可能性を感じた企業側の考えと、本を愛する幅の気持ち。その両者の結節点が幅の作った本棚だ。そういう意味で、本書は、閉塞した現代と、これからを考えていくためのヒントが汲み取れるものになった。
本は売れない。そう嘆く前にすることはたくさんある。本を書き終えて、いま強く実感している。
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