

収録されているもう一編「亜美ちゃんは美人」は、三人称だが主要人物の少女二人を“ちゃん”づけで語る文体で、彼女たちの友人か、あるいは本人が第三者になりすまして告白しているような親近感がある。ここでも主人公が〈かわいそうな自分〉を認めようとしない場面が出てくる。
主人公はさかきちゃん。高校時代に出会った亜美ちゃんは突出した美貌の持ち主で男女両方から崇拝されている。性格が素直で嫌味がないのでやっかまれることもない。人気者の彼女に親友扱いされていることで、さかきちゃんは周囲から一目置かれている。実は、周囲ほどこの美少女を称賛しているわけではない。でも亜美ちゃんはなぜかさかきちゃんを頼りにし、彼女の指示に従って髪型を変えるほど。その主従の関係性によって二人の友情は絶妙なバランスを保っているのだ。
大学に進学しサークルの歓迎会に参加してみると、男子学生たちは亜美ちゃんをチヤホヤし、さかきちゃんはマネージャー扱いされコケにされる。傷ついたことを悟られたくなくて道化に徹するさかきちゃん。その姿はかなり痛々しい。あえてショックを表面に出して相手に反省させればいいのに、とも思ってしまう。しかし若い女性にとって他人から〈かわいそう〉と思われることは決してプライドが許さないのだ。
その後、居心地のよいサークルを見つけて大学生活を満喫し、恋人もつくるさかきちゃん。卒業して二年後、亜美ちゃんにも新しい恋人ができるのだが、これがとんでもない男だ。職業不詳、口のきき方はチンピラ風、しかも亜美ちゃんのことを召使扱い(このダメ男の描き方も秀逸)。そんな相手と結婚したいというのだから驚きだ。積極的に同意するのは憚(はばか)られるさかきちゃんは、学生時代からの男性の知人に相談する。すると意外なことを言われる。復讐ができますね、と。あなたが賛同すれば二人は結婚するだろうし、そうすればやがて亜美ちゃんは不幸になるだろう、と。周囲から自分はかわいそうな存在に思われていたと改めて気づくさかきちゃんだが、卑屈な感情は生まれない。彼女自身、もう自分に満足しているからだ。そしてどうしてそんなダメ男を好きになったのか、亜美ちゃんの本意に気付いた時、さかきちゃんの心はまた大きく変化する。ようやく素直な目をこの友人に向けるのだ。二人の関係性のいびつさを冷ややかに眺めていたはずが、ラストシーンははからずも胸が熱くなる。
少女たちはみんな頭でっかちだ。自分のちっぽけな自尊心を守るために〈かわいそう〉と思われることを頑(かたく)なに拒絶したり、他人を〈かわいそう〉と思うことで優越感を得ようとしたり。亜美ちゃんのように劣等感とはまた別なところで他者との関係に屈託を抱いているケースもある。そこから解放された時、少女たちはようやく自由になり、大人になる。そんな成長の瞬間をすくいとっているのが、この二編なのである。
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