日めくり立ち読み『感受体のおどり』

第19番

文: 黒田 夏子 (作家)

登場人物紹介

 月白(つきしろ)と踊っているようなと密会の手をあずけながら火守木(ひもりぎ)がつぶやいてわらった目をまっすぐに合わせてきたので,役ともつかずわらった目を返した.

 月白(つきしろ)には言えないとおもった.踊りが似ていると言われるのを月白(つきしろ)はこのまなかった.まして日乗(ひのり)の死後月白(つきしろ)にとっても事実上の師匠となった火守木(ひもりぎ)にそう言われたとつたえれば,私がおもいあがっているようにかんじるだろう.似ているということと技倆や芸格が近いということとはべつであるし,もしもこの道で立とうとするならむしろ損なことたりないことのはずだが,ふつうには師匠うつしといえば褒めことばとされている.

 火守木(ひもりぎ)は練達の踊り手であったが役者のほうが表かんばんなので他流におしえをこうかんじにならないのもつごうがよく,鎖国期の曲については流派ぜんたいの顧問ということになっていた.いわゆる本部の師範である月白(つきしろ)や朝荒(あさーら),退照児(のくてりこ),錆入(さびーり)などだけが習っていて,ほかの者は大きな会のときにしあげを見てもらうくらいだったのだが,ちょうど私が朝荒(あさーら) のけいこ場にかよいだしてまもなく,いっぱんの名取りたちがじかに習える機会も作られた.月白(つきしろ)や錆入(さびーり) にはそういう朝荒(あさーら)の気がるさがにがにがしかったろうとあとになって気づいたが,おなじ気がるさから朝荒(あさーら)は,月白(つきしろ)個人の弟子で住まいのつごうから来ているだけの私へもへだてなく声をかけてきた.

 踊りが似ているとは言われつけていて,朝荒(あさーら)のところに出いりしはじめのころなど行くたびにだれかから嘆じられた.月白(つきしろ)もいるまえで言われたことも再三だったが,月白(つきしろ)がひどく気のりのしないあしらいをするので,錆入(さびーり)などはむきになって,遠目やうしろすがたでは見わけのつかないほどと言いつのったりした.

 熟先(うれさき)は似ていたようだと,月白(つきしろ)は似ているといういみをそらしたがった.熟先(うれさき)ならばからだつきがまるでちがうから,もっと遠まわしの芸のたちだとか間の取りかただとかの話にできるし,やめてしまってもう踊りそうもないので無毒な伝説になった.しかしそれならそれで,からだつきが似ているなどと言われようものなら,長く習っていて動きが似ているせいでそんなふうに見えるにすぎまいとさかさまへそらした.要するに月白(つきしろ)は,私が似ていると言われたくないのだった.

 配偶者の親の還暦だか古稀だかの祝宴で踊るために,熟先(うれさき)がその一きょくだけをけいこしに,来るそうだ,来ている,すんだと月白(つきしろ)から聞いたのは,熟先(うれさき)がやめて二千にちもたった夏だった.休み日や更けてでないと来られないそうでいちども顔は合わさなかった.そしてその夏のあと,熟先(うれさき)の踊りが似ていたとは月白(つきしろ)は言わなくなっていた.熟先(うれさき)の踊りは熟先(うれさき)におしえていたころまでの月白(つきしろ)の踊りの亡霊めいていたろうかとひそかにおもった.

 日乗(ひのり)が死んだのは熟先(うれさき)がやめてまもなくであり,月白(つきしろ)の踊りはたぶん月白(つきしろ)がじぶんでかんがえているよりも,すくなくとも弟子から観察されたとかんがえているよりも,大きな度あいで変わった.新しい作舞を目ざしていた日乗(ひのり)は,鎖国期から熟してきた技芸についても演者としてはじゅうぶん魅力をもっていたが,つたえ手としては火守木(ひもりぎ)におよばなかったのだと月白(つきしろ)の変化がおしえた.

 練緒(ねりお)が似ていると,月白(つきしろ)は言われたいのかもしれなかった.

感受体のおどり
黒田夏子・著

定価:1,850円+税 発売日:2013年12月14日

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