「時代の流れとともに、職業の在り方は変わっていくものですよね。高学歴化に従って、誰もがいわゆるデスクワークに就きたがる。大学を出たらホワイトカラーを目指すのが当たり前、というのも分かるけれど、そもそも仕事は何のためにやるのか――それは生活のためであって、特に家族を持った場合、妻や子供を食べさせるために、働かなければならない。好きとか嫌いとかいう話ではないんです」
本書の主人公、関本源蔵の職業は、船の機関士である。父を戦争で小学生時代に亡くし、5人兄弟の長男だった彼は、陸の仕事に就くよりも、図抜けて給料の高い船乗りを目指した。
「船乗りの仕事は、何カ月も家族と別れて暮さなければならないし、現場は命懸けの作業になります。現在と比べて船の規模や機能も違うし、危険とは常に隣り合わせだった。それでも歯を食いしばって、当たり前のようにその仕事をまっとうした。彼らの姿を通して見えてくる働くことの原点を、あえて今だからこそ見直したいという気持ちがありました」
サケマスを追って北洋へ、鯨を狙い南氷洋へ……1度、海へ出たら、最後まで引き返すことのできない航海に出る関本にとって、いつも気がかりなのは、息子たちのことだ。健やかな成長を見守ることのできないもどかしさ、さらに成長するほどに読めなくなる我が子の心。親子の絆が、物語のもうひとつの軸となる。
「自分が親になってみて、初めて父と子の関係の難しさは痛感するものですね。父親が子供を心配するのは当たり前だし、人生経験を積んできた先人として色々なことを言ってくれる。でも、子供は成長するに従って、それがだんだん疎ましくなるようになる。後になって、非常に身のためになる話をしてくれたことが分かったとしても、恥ずかしくて口には表せない。僕自身がそうでした。親父をリスペクトしていたことを、正面から話すことは最後までなかったですから」
戦争で早くに父親を亡くしたがゆえ、より自分が父親らしくあろうと気負ってしまう。頑固な昭和ひと桁生まれの船乗りの姿には、著者の父の姿が大いに投影されてもいる。
「だからこそ、生きている間に素直に本心を交わし合う関係が成立したら素敵だと思ったんですけれど(笑)」
高度経済成長以降、日本の漁業は斜陽となり、特に捕鯨に関しては欧米からの厳しい非難にさらされている。しかし、荒ぶる昭和の海に挑んだ男たちの姿は、今の時代に読み返しても、なお輝いている。そして、家族の絆もまた、改めて問われているのである。