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本気が生み出すひたむきな勢い

本気が生み出すひたむきな勢い

文:高井 英幸 (東宝株式会社相談役)

『明日に向って撃て! ハリウッドが認めた! ぼくは日本一の洋画宣伝マン』 (古澤利夫 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #ノンフィクション

 今年も恒例のアカデミー賞授賞式が去る2月26日にロスアンジェルスで開かれ、フランスの映画人がハリウッドで作った白黒の無声映画「アーティスト」が作品賞、監督賞、主演男優賞など主要部門を獲得して話題をさらった。

 映画の製作現場には三度の飯より映画が好きなスタッフが多い。その分受賞の喜びもひとしおである。

 一本の映画が世に出るまでには、有名無名問わず多くの人々が関与する。作品の作り手である製作関係者だけでもエンド・マークのあとに何百人もの名前がクレジットされるように、多くのスタッフやキャストがそれぞれ特異な才能や熟練した技術を発揮して、ようやく映画は完成する。

 しかしどんなに立派な作品が完成しても、広く世の中に作品の存在やその魅力が認知されなければ、観客は劇場に足を運ばない。

 映画をヒットに導く為には、才能を発揮した作り手、つまりは生みの親に対して、信頼できる売り手、即ち育ての親が必要なのだ。そこに配給、宣伝、興行の大切な役割がある。

 そしてここにも映画に取り憑かれた人、自分より映画を大切に思う人が存在する。

 著者の古澤利夫もそのひとりで、とりわけ彼は筋金入りである。

 古澤は、米国ハリウッドのメジャースタジオのひとつ、20世紀フォックスの日本支社に、1966年から2003年まで勤務した。日本で公開する20世紀フォックス作品の宣伝が仕事である。

 手がけた作品は502本という。年平均13・5本のハリウッド映画の公開に37年間立ち会ってきた。

 関わった主な作品は「ミクロの決死圏」、「おしゃれ泥棒」、「猿の惑星」シリーズ、「明日に向って撃て!」、「パットン大戦車軍団」、「トラ・トラ・トラ!」、「フレンチ・コネクション」、「ポセイドン・アドベンチャー」、「オーメン」シリーズ、「スター・ウォーズ」シリーズ、「ジュリア」、「ダイ・ハード」シリーズ、「エイリアン」シリーズ、「タイタニック」と、熱心な洋画フアンでなくとも、これらのタイトルを知る人は多いはず。 「スター・ウォーズ」では監督のジョージ・ルーカスから一目置かれ、フォックスを辞めた後でも「スター・ウォーズ」シリーズの宣伝を依頼される。「エイリアン2」「タイタニック」のジェームス・キャメロンの信頼も厚い。

 何がそうさせるのか。

 それはひとえに古澤の映画に対する熱血ぶりにある。

 日本での公開作品は、すべてが大作や名作とは限らない。お世辞にも面白いといえない作品もある。

 しかし彼は自分が宣伝する作品に対して全面的に肯定して向き合う。どんな作品でも必ず見どころ、売りどころがある。作品の内容、監督や俳優の話は言うに及ばず、プロデューサー、脚本家、撮影監督、編集マンの履歴にまで触れて、これだけ優秀なスタッフが集まって作ったこの作品を評価しなくて映画を語れるのかといった感じで一気にまくしたてる。

 ロジックでもなく、宣伝上やむを得ず言っているのでもなく、まさに本気が生み出すひたむきな勢いとでもいうのであろうか、古澤はいつも真剣勝負なのだ。試写を見に来た評論家、記者、編集者に対し「これはうっかりした事は書けない」と思わせるのである。

「スター・ウォーズ」や「タイタニック」のような、もともと魅力満載の作品の宣伝となると、古澤のボルテージは一段とエスカレートする。

 その結果、仮に90点の作品であれば120点に、100点の作品であれば150点ぐらいの魅力を感じさせる作品に盛り上げて世に送り出す。

 製作者から見れば、こんな頼もしい宣伝マンはいないのだ。

 その彼、古澤利夫がこれまで宣伝を通して関わってきた作品の数々を、満を持して縦横無尽に語り尽くした本が『明日に向って撃て!』だ。

 宣伝の話も出てくるが、大半は作品の話に心血が注がれる。

「スター・ウォーズ」は言うに及ばず、どの作品に関しても、その生い立ちから製作中の数々のエピソードや秘話など、長年体に染込んだものが堰を切って流れ出すように勢いよく、とめどなく語られる。

 これらは20世紀フォックスの歴史にとどまらず、ハリウッドの歴史でもあり、かつ製作現場を支えるメインスタッフの貴重な人物辞典にもなっている。

 古澤利夫の面目躍如たる本だと思う。

文春文庫
明日に向って撃て!
ハリウッドが認めた! ぼくは日本一の洋画宣伝マン
古澤利夫

定価:1,026円(税込)発売日:2012年04月10日

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