
おまけに当時の群馬県は中曽根首相と福田元首相が反目し合い、北関東新聞の経営陣も両派にわかれ、たがいに腹のさぐり合いやら醜聞探しに躍起となっている。
悠木も弱みを抱えている。かつての大事件取材を知っている年齢だが、たいした成果を上げられなかったことはわかっている。墜落現場を見ておきたいとはやる気持ちを抑えながら、全権デスクにはりついていなければならない。家に帰れば、息子は寄りつかず、子育てに失敗したという思いも強い。
書き込まれていくディテールは、どれも生々しく、いかにもありそうな話である。巨大メディアなら暗闘となるところだが、こぢんまりした地方紙では反目や争いはたちどころに目の前の小競り合いになる。
現実の話にもどれば、この時期、私は、凄惨で殺気立った現地を歩きまわっていた。どこに行っても遺族、日航社員、警察や自衛隊、事故調査関係者、それに何百人もの取材陣でごった返す現場にいると、こんなところに一人でいても何もできない、という無力感に襲われた。それでも何十日も通いつづけ、そのうちに離断遺体の身元確認に当たった歯科医や法医学関係者の話を聞き、事故を生き延びたスチュワーデスの証言を聞き取ることになったのだが(新潮文庫『墜落の夏――日航123便事故全記録』)、いまふり返ってみても、ものを書きはじめたばかりの私になぜ彼や彼女が長い時間語ってくれたのか、よくわからない。
しかし、もし当時の新聞やテレビの内情が、横山の小説のようなものであったとしたら、私は幸運だったということになる。たとえ何百人の取材陣がいたとしても、そのそれぞれが思う存分に取材できない事情をかかえ、互いに足の引っ張り合いをしてくれていたからだ。おそらく、事実はそうだったのだろう。事故直後には記者のだれもが聞きたがった生存者の証言や事故原因の調査内容、ばらばらになった遺体の身元確認作業の詳細などを取材する動きは、二カ月もしないうちに消え去っていた。
『クライマーズ・ハイ』を、私は小説として楽しんだ。と同時に、物書きとしての私自身の僥倖(ぎょうこう)がどこにあったのかを再発見する書としても読むことができた。
ただし、と付け加えておかなければならない。五百二十人の死と遺族たちの痛切な悲しみは、楽しみや僥倖などという気楽な言葉を慎ませずにはおかない。作品のクライマックス、北関東新聞が世界的スクープを逃すことになるエピソードに、渦中の新聞記者だった作者の配慮と鎮魂の思いが込められている。
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