本当にこんな流れで、女と仲良くなれると思っているのだろうか。
男性相手に接近し、情報を手に入れるたび、素朴な疑問を抱かずにいられなかった。見ず知らずの異性が、色気を露わに接近してきた時、「危ない」と警戒するよりも、「幸運である」とほくそ笑む男がこれほど多いとは。
海外の実験結果を読んだこともある。魅力的な異性が、学生に声をかけ、「デートしませんか?」と誘うと、男子学生の五〇パーセントが、「イエス」と答えた。女子学生もほぼ五〇パーセントが、「イエス」だったという。一方、「今晩、ベッドを共にしませんか」と誘われた場合、男は全体の七五パーセントが、「イエス」と答えたが、女子学生はゼロだった。「デートしない?」よりも、「ベッドを共にしない?」の時のほうが割合が増える男の結果に、桃沢瞳は違和感を覚えずにいられないが、男女の脳の構造や仕組みがそれほど異なっている、ということなのだろう。
男は短期の快楽に夢中になり、女は長期的な幸福を求める。もちろんそれは、マジョリティーとしての「男」や「女」に認められる、「一般的な傾向」でしかない。
それに男と女、どちらが愚かだというわけでもない。その差異によって、バランスが取れているのも事実なのかもしれないし、大局的に見れば、そのことで誕生する子孫の数に調整が行われているはずだ。
「それで、その墜落したB29の一番機のニックネームがね」
「一番機のニックネーム?」
「チェリー・ザ・ホリゾンタル・キャット。地平線の猫チェリー。B29にそういう名前がついていたらしい。俺は子供の頃から、蔵王の不忘山に墜ちたB29の話は聞いていたから」
「誰からですか」
「俺の父親だよ。うちの父親は、墜落の当日、山に登って現場を見たからさ」
「えー、そうなんですか? すごーい」
「あの事故はさ」隅田は明らかに舌の滑りが良くなっている。地元でお馴染みの言い伝えのように語りはじめた。「記者だって翌日にようやく現場に行ったくらいで、憲兵が確認したのは一ヶ月もしてからだったんだ。戦争中だったし。だから、分からないことは多い。ただ、うちの父親と近所の大人は当日、見に行って」
「わあ、隅田さんってお父さんもすごいんですね」
すごいすごい、と抽象的な賛辞を投げ、相手の自尊心を満たしていく。実際、桃沢瞳は興奮していた。その興奮が表に出ぬように、必死に抑えていたほどだ。
今まで桃沢瞳は、七ヶ宿(しちかしゅく)町や白石(しろいし)市の古い首長たちから話を聞き出してきたが、得られたのはインターネットで調べれば分かる程度の情報だった。
隅田に接触を試みたのは、「地平線の猫」なるアルバムタイトルから調査をした結果で、出身地からするともしや、不忘山の事故に詳しいのではないかと想像したのだが、まさかここまで期待に応えてもらえるとは。
「その飛行機っていったい、何だったの」
「三機のB29はある目的を持って、蔵王に向かっていった、とかね」
「どういう目的なんですか」
「それが分かれば、俺もそれで本とか出すよ」
もっと詳しい話を。桃沢瞳は酔いが回ったふりをし、カウンターに上半身を寝そべる恰好になり、ねだるようにした。ガイノイド脂肪に注目しろ! 隅田の大脳皮質下部と視床下部では指示が出ているはずだ。視線がちらちらと、桃沢瞳の胸に注がれる。
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