すぐに離れて衣裳屋のじゃまにならないところまですさってから,だきとめた,したたかな肉のかさが身にこたえているのに気づいた.踊ったのは練緒(ねりお)なのにこっけいだと,さりげなく息をととのえているうち,たちまち練緒(ねりお)のかつらが取られ,おびから上が緋いろ地に剥かれ,月白(つきしろ)がぶたいうらからの通路を急ぎあしに来るのが見えた.
用意しておいた湯がころあいにさめているのをたしかめて小さなぼんにささげていると,月白(つきしろ)の手がついとのびてきて練緒(ねりお)がそれを呑んだ.しびれざけとはいわない,微量の睡りぐすりでも,あと半ぶんのぶたいをしょうたいもなくくずせように,そんなにすなおに呑んでいいのか,だいたいが花みちを走りこんできたのをだきとめさせるしきたりは,いきおいでころんだりむりにふみこたえて足をいためたりしないようにというようじんなのだから,もし私になどたすけられたくないとおもえばじぶんでかげんして止まることも,ぎりにだけつかまるふりをすることもできなくはないのに,ああもまっすぐに身をあずけてきたのはむじゃきなのかひらきなおりなのかといぶかった.
月白(つきしろ)に顔の汗をふかれながら,練緒(ねりお)は白く輝く獅子のかぶり毛のうなじを勁く立て,深山のこだまを返しはじめた打楽器のおさえこんだ緊迫を測っている.すがたのわるいほど肥ったわけではなく,まともにだきとめてみなければなんというほどのこともない変化なのでもあろうか,月白(つきしろ)をめぐって,にくいとしかおもえなくなった私にはいかにも重いなま身である.練緒(ねりお)の歳月がわずかづつ肉になってつもり,もうこの練緒(ねりお)でしかありえない練緒(ねりお)となって,かさだかに在った.
かぶり毛の上には小すずを挟んだ二まいがさねの扇が飾られ,さらにその上には一りんの大ぼたんが咲く.大曲をつとめおえて,月白(つきしろ)がほめて,またひとかさ練緒(ねりお)が重る.
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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