印板(しるしーた)の空は赤くただれていた.空が燃えるのが朝やけなのか夕やけなのかは単なる時空の方向のちがいにすぎない.印板(しるしーた)のその絵がどちらなのかはよくわからないが,どちらでもかまわないことのようでもあり,どちらででもあるのかもしれず,あるいはまた世のおわりかはじまりを告げている天変であるとしても,どのみち印板(しるしーた)はあと七百にちばかり,一人の劣等生をやっているほかないのであろう.
教員のへやは学年じゅんの席の配置になっているので,はじめの一ねんいわゆる受けもちを免じられた私は時間講師たちと机を並べた.となりが美術の昏板(くれいた)で,私は出ていってすぐ,つまりまだ式や打ちあわせで授業はなく,じっさいにおしえることになる生徒たちをだれも知らないうちから印板(しるしーた)をおぼえることになった.印板(しるしーた)をよびつけ,美術室の整備についてあれこれ命じたあと,昏板(くれいた)は私へ,絵だけが巧みな変わった生徒でほかの学科はほとんどすべて最低点であり,家族もややこしくいろいろあつかいにくいのだと解説した.一見して情緒的な飢餓をおもわせる異様な痩せかたに好奇心をもった私が絵を見たがったので,その学期に入って最初に提出されたのを見せようと昏板(くれいた)はやくそくした.その絵の空は赤くただれていた.
プレゼント
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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