書評

小説だからこそ

文: 植村 鞆音 (作家)

『夏の岬』 (植村鞆音 著)

   私は柄にもなく恋に憧れるひとであった。初恋は小学校高学年のころだったが、以来結婚して子どもたちが中年になったいまにいたるまで恋に憧れ続けている。これが小説にならないだろうか。構想当時すでに古稀が近かったこともある。若いひとのことは語りようがないが、老人のことならすこしは語れそうだ。主人公はサラリーマンを退職したばかりの老人にしよう。昨今の経済危機で世界中元気を失っている。元気のいい老人にしよう。

   ヒロインは、極端に若い女性にする。主人公とギャップがあればあるほどいい。とすると二十代前半か。その後この小説のため若い女性を取材する機会が増えたが、人生を捨てていない老人が好きだという若い女性はすくなくない。

   主人公とヒロインの出会いには山形の海岸を選んだ。生きのいい老人がヒロインをナンパするのである。

   全体を一年間の日記スタイルにすることは初めから決めていた。恋や愛は主観的で一方的なものだから、一人称の日記で綴るのがいい。教えてくれたのは編集者である。

   一昨年秋、親しい友人夫妻三組で二週間のヨーロッパ旅行を楽しんだ。パリ、マドリッド、バルセロナ、リスボン、パリと回った。リスボンでは、檀一雄が晩年の一時期を現地の少女と暮した海辺の町サンタクルスに、ポルトガルの国民的詩人カモンイスが「ここに陸尽き海はじまる」と詠んだユーラシア大陸最西端のロカ岬にも立った。コバルトブルーの海がはてしなく広がっていた。ここをラストシーンにしようと心に決めた。「ままならぬ恋の行きつくところ」と小説の中で私はヒロインに語らせている。海に落ちる夕日を効果的に使いたいと思った。老人の恋がテーマだから。

   帰国後、ヨーロッパの道行きから小説を書き継いでいった。まだ記憶の消え去らないうちに。最後のシーンに思いいれがあって、最初タイトルは『ロカ岬の夕日』としたのだが、編集者のアドバイスで『夏の岬』と変えた。気に入っている。

   七十歳にして生れて初めて小説を書いた。たいしたものであるわけがないが、完成したことがうれしい。出版されることになってさらにうれしい。サラリーマン時代には味わったことのない達成感がある。老人の恋を小説にしたというと、友人たちは、どうせおまえの実体験だろうと一笑に付すに違いない。冗談ではない。私は、小心翼々とした一老人である。主人公のような大胆な恋愛など、夢想こそすれ、まるで無縁といってもいい。だからこそ小説のなかでその夢をはたしたのだ。

夏の岬
植村 鞆音・著

定価:1800円(税込)

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