GWが終わり、夏休みにはまだ遠く、休みもなければお金もない。梅雨時で空も晴れなきゃ気も晴れない。どうにもこうにも気力が減退してしまうこの時期は、気がつけば「面倒臭い」が口癖になりがちだ。
日頃はなんとかこなしていた家事もメンドクサイ。髪型や服装に気を使うのもメンドクサイ。余計なことなどシタクナイ。何よりも人に会うのが億劫になる。出来ることなら自分の殻に閉じこもってしまいたい。ウツウツ、イライラ、なんだかグズグズ。食べ物だけじゃなく心まで腐りやすくなる。
本書『ホリデー・イン』は、そうした心に吹き溜まった憂鬱を一掃する、実に心地の良い物語だ。とはいえ、主人公となる5人は、決して明朗快活な聖人君子、というわけではない。
ホストクラブの経営ほか、父親から継いだ不動産会社も切り盛りする「おかま」のジャスミン。高校を卒業した後も定職に就かず「単純」「バカ」「能天気」が代名詞なお気楽フリーターの大東。「バラを背負った王子様」キャラを貫く、王道ホストの雪夜。高校を中退した後、居場所を求めてホストクラブの常連客となった「甘えたがり」のナナ。そして母親とのふたり暮らしで身に付いた習性ゆえに、友人たちから「お母さん」とあだ名をつけられた家事能力抜群の小学生・神保進。
と書けば、お気付きの方も多いだろうが、本書は2012年に映画化もされた『ワーキング・ホリデー』(2007年刊)と、続く『ウィンター・ホリデー』(2012年刊)のスピンアウト作である。「ホリデーシリーズ」と呼ばれるこの作品は、主人公のヤマトこと沖田大和が働くホストクラブに、ある夏、突然「初めまして、お父さん」とひとりの少年がやって来たことから幕を開けた。聞けば、ずっと父親は自分が産まれる前に交通事故で死んだと教えられていたものの、学校の授業で母子手帳を見る必要があり、そこに挟まれていた一枚の写真からヤマトが父親だとつきとめ会いに来たのだという。その少年が当時小学五年生だった進で、そんなふたりの姿を見て、ヤマトにホストを辞めさせ、宅配便会社の仕事を紹介したのがジャスミンだった。
「あんたはまだ昼間の匂いがするの。だから進くんのためにも、人生を立て直しなさい」。かくして、自分に子供がいたことさえ知らなかったヤマトは、元ヤンの根性とホストの愛想を武器に地域密着型の通称「ハチさん便」で働き始める。進が店にやって来た場に居合わせ、ヤマトが転職した後も親しい付き合いを続けてきた先輩ホストの雪夜とその上客だったナナ。ヤマトにとって「ハチさん便」で初めての後輩となった大東。「ホリデーシリーズ」は、身近でありながら謎多き宅配便業務に光をあてたお仕事小説であると同時に、その仕事を通じて出会った仲間たちとの絆、さらにヤマトと進の微妙な距離感の変化が読みどころとなっていた。
仲間たちそれぞれの事情
父親であることにも、息子であることにも不慣れで不器用なヤマトと進が心の距離を縮めていくのはそう簡単なことではない。期待、誤解、嫉妬。素直になれず、優しさの加減が分からず、上手い言葉も見つからない。前二作ではそんな自分に焦(じ)れて、苛立つヤマトの心情も丁寧に描かれていたが、本書では進を含め、仲間たちがそれぞれに抱える事情を明らかにしていく。
結婚や子供とは縁遠い生き方を選んだジャスミンが、かつて見ていた甘い夢。「拾い癖」のある彼女が出会ったひとりの中年男。ヤマトを拾った経緯とその手を離すまでの覚悟。今どきのお気楽チャラ男な大東が、目を逸らすことさえできなかった家族の問題。彼が「バカみたいに明るい方ばっか見てたっていいじゃん」と思うに至るには、それなりの理由があったのだと知らされる。店では完璧な王子様を演じ切る雪夜の心の中にある、埋めることのできない底なしの穴と堕ちていく願望。忙しい両親から疎まれ、人に甘えることを知らずに成長したナナが初めて心を許した友人との出会いと別れ。なかでも五話目に収録された「前へ、進」は進が「初めまして、お父さん」とヤマトの前に現れるまでの詳細が綴られていて、シリーズ読者にとっては必読の1篇となっている。
ヤマトと進の親子関係のみならず、ジャスミンも大東も、雪夜もナナも、複雑な事情を抱え、厄介な感情を持て余すこともある。けれどそんな自分を諦めたりはしない。人と関わることは確かに面倒臭いけど、その心強さも喜びも知っているのだ。彼らの物語はここから始まり、人生はまだまだこの先へと続く。そう信じられる幸せを、「繋がる」楽しさを、たっぷりと堪能して下さい。
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