書評

奥山景布子は琵琶法師である

文: 大矢 博子 (書評家)

『源平六花撰』 (奥山景布子 著)

 本書『源平六花撰』は、源氏・平家にまつわる六人の女性を主人公にした短編集だ。

 源義朝の愛妾だった常盤(本書では常葉と表記されている)御前。鹿ケ谷の陰謀が露見して配流となった俊寛たちが島で出会った千鳥。屋島の合戦で那須与一が射抜いた扇を持っていた松虫と妹の鈴虫。義経の愛妾、静御前。一ノ谷で平敦盛を討ち取った熊谷直実の妻、相模。そして壇ノ浦で入水するも助け上げられ、生き延びてしまった建礼門院徳子。

 本書には大きな読みどころが三つある。ひとつは、古典の平家物語ではなく、歌舞伎をベースにしていること。ふたつめは、その人物に視点を据えることで見えて来る、女性たちのまったく新しい顔。そして最後のひとつは、文体である。

 ひとつめの、歌舞伎を題材にしているという点について、まず背景を解説しておこう。

 そもそも『平家物語』は、その成り立ちが定かではない。作者が誰なのかも確定されてはいないのだ。口頭によって伝承され、琵琶法師たちが語り広めてきたのである。『新・平家物語』の著者・吉川英治は『随筆新平家』の中でこう語っている。

「古典平家には、一貫したストオリはありません。各章の史的挿話が、人間の無常、栄枯の泡沫、愛憎の果てなさなど、組みかさね、組みかさね、十二世紀日本を構造して見せ、叙情し去ってゆくのであります」

 つまり、連作短編なのである。主人公も異なる。一話ずつ独立した鑑賞が可能で、それが自然と源平史を多方面から味わう習慣を生んだと言える。

 各編ごとに戦記、家族愛、政争、恋愛などなど、モチーフが多岐に渡る平家物語は、室町時代に能として演じられ、浄瑠璃として人気を呼び、江戸時代以降は歌舞伎の演目にも取り入れられた。新たな物語の派生も後を絶たない。小泉八雲の怪談「耳無し芳一」も平家の逸話から生まれたものだし、本書収録作の「啼く声に」の元ネタである俊寛の話は、菊池寛や芥川龍之介の短編にもなっている(俊寛像がまったく違っていて興味深いので、ぜひご一読を)。現代でも平家物語をベースに長短さまざまな小説が上梓されており、本書もその一冊だ。

 それらの芝居や小説には架空の人物が加えられ、原典にはないエピソードが登場することも珍しくない。テーマを際立たせるための脚色も多い。特に能や歌舞伎で演じられる場面は有名過ぎて、最早何が創作で何が史実か、歴史に詳しくない者には判然としない部分もある。しかし、その自由度こそが、平家物語を一歴史資料から壮大なロマネスクへ転換させた最大の要因なのである。

 本書は古典平家ではなく、物語として完成されドラマ性の強い歌舞伎を換骨奪胎することで、そのロマンを十全に取り入れつつ、歌舞伎ならではの潤色を利用してまったく新しい解釈を読者に提示している。さまざまな様式で語られてきた平家物語だからこそできる技法だ。

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源平六花撰
奥山景布子・著

定価:590円+税 発売日:2013年11月08日

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